学校は、教育する場であることは言うまでもないですが・・・・。
教育の場として、児童生徒に、
「人格の完成を・・・」、
「人間形成を・・・」、
「知・徳・体バランスのとれた人間力を育ませる」・・・
その具体は、各教科授業(道徳)、特別活動、総合的な学習の時間・・・
即ち、人づくり・・・
本日、ある中学校の校長先生とお話を・・・。
ある生徒の生活ぶりの情報交換・・・、進学指導について・・・、
更には、今の教育界について、
登校しぶり(不登校生徒)が増加傾向に・・・、その手立てについて・・・。そこで、教育立県彩の国学舎くき学園での事例(具体)を・・・。更には、SDGsについて・・・、ヤングケアラーについて・・・、昼夜逆転(ゲーム依存症)解消の具体・・・。
途中から、担任の生成も加わり・・・、今後の具体的ことを・・・。
立派な校長先生でした。今後もよき連携をと・・・。
これこそ、児童福祉法にある「学校とのよき連携」であるとあらためて感じたところです。改めて、生徒のこと(個性を持っている子でも)を本気で考えている本当によい校長先生と強く強く思いました。我々教育立県彩の国学舎くき学園も、この校長先生の気持ちに報いるよう、全身全霊、全知全霊を持って、学校補完をと改めて決意を・・。
学校の長たる者、子どものため、子どもの成長の為、子どもの変容のために・・・、器を大きくし、保護者と心ひとつにし、不安など与えず、よき連携をしてこそと・・。本日、改めて思いました。
教育とは何かを、改めて確認を・・・。
保護者の皆さまも、学校の先生も、再確認していただければ・・・。
教育は、人を育てることであり、ここで「教育の目的」としては、どのような目標に向かって人を育てるか、どのような人を育てることを到達の目標とすべきかについて規定している。
「人格の完成」: 個人の価値と尊厳との認識に基づき、人間の具えるあらゆる能力を、できる限り、しかも調和的に発展せしめること(「教育基本法制定の要旨」)。
真、善、美の価値に関する科学的能力、道徳的能力、芸術的能力などの発展完成。人間の諸特性、諸能力をただ自然のままに伸ばすことではなく、普遍的な規準によって、そのあるべき姿にまでもちきたすことでなければならない
教育基本法に於きまして、先づ人間は人間たるの資格に於て品位を備へて居るものでありまして、何等他のものと替へらるべきものでないと云ふ意味に於て、其の前文に於きまして、「個人の尊重を重んじ、」と謳つて居るのであります。次に人間の中には無限に発達する可能性が潜んで居ると云ふ考を基礎と致しまして、教育は此の資質を啓発し培養しなければならないのでありまして、之をば第一条に「個人の価値をたつとび、」と申して居るのであります。
この答弁でも、わかるように、個人の尊重・・・・、
無限の発達する可能性が潜んで入る・・・・・、
子どもの資質を啓発して培養しなければ・・・・、
「真の教育」は、子どもの人間形成・・・・、人格の完成・・・・。
原点に戻りましょう・・・。皆さん
教育の基礎として如何なる人間観に拠っているのか。
教育の目的とは、
本来、人間力を付けるためでは・・・。
ある人間を望ましい姿に変化させるために、身心両面にわたって、意図的、計画的に働きかけること。知識の啓発、技能の教授、人間性の涵養 (かんよう) などを図り、その人のもつ能力を伸ばそうと試みること。
道徳って、いいものですね・・・。
ある学校での授業参観、道徳の授業を多くの先生が・・・、全員の先生が・・。
本当に素晴らしいことと考えます。道徳の授業こそ、心づくりの基礎であるのです。でも、年間35回授業をやっている先生、どのくらいいるのでしょう・・・・。また、教材研究、どれくらい時間をかけているのでしょう・・・・。
こんな教育界にて、この小学校のある先生は、道徳は、毎週必ず行っています。更に、研究熱心で、いろいろな資料を・・・・。児童の実態把握も・・・・。本当に素晴らしい先生と考えます。トコトン応援したくなってしまいます。
クラスの子どもたち、心が・・・、豊かな人間性を育んでいるようです。
今、あることを思い出しました。昔のことですが、ある中学校でのことです。ある生徒が非常に悪いこと(絶対あってはいけないこと)をして、学年の仲間に迷惑をかけてしまったのです。
その件で、その生徒の担任は、学年集会にて、生徒みんなに、謝罪をしたのです。それも、ステージ上で、土下座をし、皆さんに大変ご迷惑をかけましたと。許されることではないですが、全て、担任の私の責任ですと・・・・・。
生徒たちは、先生、先生、もう気にしないで下さいと、笑顔で言ってくれたのです。
この集会にいた「悪さをしてしまった生徒」が、自ら、生徒の前に出てきて、○○先生が悪いのではないんです。僕がいけなかったのですと・・・・。
悪さをした生徒は、担任の先生の言動を見て、自分の悪さに、自ら気づき、感じ、反省し・・・・・。
この姿を目の前にした学年の生徒皆、「気にすんなよ」と・・・・多くの声が・・。これこそ、「真の教育」だと、「真の学校だ、学校のあるべき姿」と思ったことを思い出しました。
このドラマが生んだもの・・・
それは、生徒の心に残り続ける・・・生き続ける・・・豊かな人間性です。
教員が、「あってはいけないこと」を注意し、叱るだけでは・・・。これは、「表面的に知る」「その場限りの指導」に過ぎません。しかし、ある生徒が「自ら、気づき、考え、行動したこと」に対して、仲間の生徒たちも気づき、考え、心から「気にすんなよ」と声を掛けた。
これは、生徒たちの大切な1ページとして、心に残り続けることでしょう。
また、その後の歩みにも大切な力となり、
義務教育終了時には、
生徒皆、真の進路決定に繋がり、満面な笑顔に・・・、そして笑顔の卒業式に・・・・。
教育に携わる者として、その1ページ1ページを大切に記していかなくてはと・・・。改めて考えます。
子どもの明るい将来のために・・・、よい方向へ導いてあげることこそ、
大人(親、教員、学園職員)の使命・・・、責務。
保護者の皆さん、
我が子の将来を考え、勝負時期が・・・。
もちろん、リスクはあります。
そこを助け・・・、壁を乗り越えさせ・・・、
大きな大きな成長に・・・。
教育立県彩の国学舎くき学園は、
トコトン、あらゆる手をつかって・・・、
応援します。
本日も、21:00に急に学園に来た生徒が・・・。
ある指導員とある高校3年生は、心温かく迎え入れ・・・、
本人が言ったことば「最近、文章を書いていないんだと・・・」、
これを受け入れ、先輩が即、「じゃ、作文書こう」と・・・。
書く前に、書きやすくするために・・・
先輩が高校の話をし・・・、「高校へ行ったら・・・という話」を3人で笑顔で言い合い・・・、
その後、作文用紙に・・・。
800字、書けました。先輩が、「えっ・・・スゲー」と・・・。
その時の「生徒の満面の笑み」 最高です。
帰り際、明日からも、毎日、作文練習するからねと。
この言葉、指導員冥利に尽きます。
この子にとって、大きな大きな「スモールステップ」と考えます。
だから、このお仕事、辞められないのです。
学園職員皆、本気で、真剣に頑張ります。