今、学校(家庭・学園・・・)等での「合理的配慮」が正しく理解され、
教育現場(家庭にて・学園生活にて・・・)にて、真に配慮されているのだろうか・・・。
合理的配慮が正しく行き届いている環境においてが前提・・・
大人(親、学校の教員、学園職員・・・)の言動(配慮配慮)が・・・、
それを見ている子ども(児童生徒たち)の言動(配慮配慮)に・・・。
すべて、プラスになればよいのだが・・・、
マイナスになっていることも・・・。
これ、非常に重要、「難しい」ことと考えます。
個性・特性を持った子どもに対し、
学校の教員、周りの子たちが、配慮配慮って感じで声かけ・動いていたら・・・、
その個性・特性を持った子は、
どういう気持ちになるか・・・、どういう言動を始めるのかな・・・
と考えた時、
思うがままに・・・、わがまま放題に・・・、自分勝手な行動に・・・、
乏しい人間性のはぐくみに・・・、将来が少々心配に・・・。
その子の個性・特性が、後退、退化にならなければ・・・(考えすぎならよいのですが・・・)。
合理的配慮によって、
クラスでの存在・・・、学年での存在・・・、学校での存在・・・において、
どの先生、どの子とのかかわりにおいても、
「普通に・・・、さりげなく・・・」、
「当たり前のことを当たり前に出来るように・・・」・・・。
良き言動においては、認め・褒めてもらい・・・、
悪い言動の際には、きちんと叱って(温かな心を持って)もらい・・・、
これ、基本では・・・。大人の責務では。
こんな子はいないと思いますが、
配慮 配慮 配慮 されていたら
僕は、私は、何しても、怒られないと・・・、
何でも自分の思うままの言動を日々・・・、
こういう人間に・・・。
学園でも、もちろん、合理的配慮についての研修はしっかり行っていますが・・・。
学園職員皆、適切な合理的配慮をしていると思いますが・・・。
是非、ご家庭でも・・・、学校でも・・・、
上記のようなこと、大人(学校の教員、親、学園職員・・・)が、
十分に留意すべきと考えますが・・・。
個性・特性のある子を考えた時、
思うがままに・・・、頭に浮かんだ言葉を下記に・・・
皆さんも、是非、考えてみて・・・。
「合理的配慮」が正しく行き届いている環境においてが前提・・・
「安心」「安堵感」がないのかな すねているのかな、 真の愛情がない(上っ面な愛い)かかわりなのかな・・・、 2次障がいが・・・、 自分で出来たという思いがないのかな、
のけ者にされていると思っているのかな、バカにされたくないのかな、
自己肯定感が下がってきている、 しょうがないという考えはせず・・・、 関係のある人が・・・、理解している人が・・・、 追い込まれている情態・・・、
指導支援でなく・・・単単に、その都度、当たり前のことを伝える(要求?) こういうことをやって欲しいだけど・・・
救いの手・・・真の愛情を向けることが(僕のこと、私のことを真剣に思ってくれていると思わせる・・・)・・・、
心に負った傷が・・・そのケアー 腫れ物に触らず的環境では・・・ 今の姿は、大人の対応で出来上がっているのでは・・・ 一人ぼっち的存在なのでは・・・
話を聞くことが大事・・・ 言い分をトコトン、膝を交えて聞いてあげる・・・
なんで、こういう子になってしまったのか 原因を探っていくことが 原因の特定を・・・ これ、組織として当たり前・・・。
更に、手立てを・・・、思うだけでなく、実際に行うことが・・・。
心を豊かにすればよい、このために・・・、一日の振り返りアンケート(一週間アンケート):振り返って、自分が良かったこと、何かないかな、友達を見ていて、何か良かったことないかな・・・と。「継続は力なり」・・、まず、3週間、そして、1か月、2か月、3か月、半年・・・と。子どもは、何かを感じ、気づくのでは・・・。このアンケートの使い方にも工夫をしながら・・・。必ず、子どもたちは、良いことに目を向けられるように・・・、豊かな人間性のはぐくみに・・・。
更には、リスクはありますが・・・、学校では、教室に(廊下に・・・)・・・、(家庭では、リビングに・・・)、観葉植物をいっぱいいっぱい、奇麗に並べておくのです・・・。最初は、投げつける子も・・・、手で葉っぱをちぎる子も・・・、ハサミで切る子も・・・、でも、これ、あって当たり前・・・、いたずらされても、黙って、即、新しいものを置くのです・・・。この繰り返しを行ったとしたら・・・、子どもたちは、必ず・・・。更に、一人でも、水くれる子が出てきたら、クラス、学年、学校全体で、名は出さず、こういう人がいましたと、あっさり・・・。
感化・・・、気づくまで・・・。
困った子ではありません・・・、
困っている子なのだから・・・・、
トコトン、あらゆる手立てを・・・、大人の責務。
皆さんも、他にも浮かんでくること・・・、いっぱいいっぱいあると思います。
これが、今の子どもたちのよりよい変容に・・・、第一歩なのです。
教育立県彩の国学舎くき学園では、いろいろな手法・・・、良い発想の下、
実際に行って・・・。諦めはしません。
すべて、将来を担う子どもたちのために・・・
法的には、下記のように記されていますが・・・・
合理的配慮について
1.障害者の権利に関する条約における「合理的配慮」
(1)障害者の権利に関する条約「第二十四条 教育」においては、教育についての障害者の権利を認め、この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、障害者を包容する教育制度(inclusive education system)等を確保することとし、その権利の実現に当たり確保するものの一つとして、「個人に必要とされる合理的配慮が提供されること。」を位置付けている。
(2)同条約「第二条 定義」においては、「合理的配慮」とは、「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。」と定義されている。
2.「合理的配慮」の提供として考えられる事項
(1)障害のある児童生徒等に対する教育を小・中学校等で行う場合には、「合理的配慮」として以下のことが考えられる。
(ア)教員、支援員等の確保
(イ)施設・設備の整備
(ウ)個別の教育支援計画や個別の指導計画に対応した柔軟な教育課程の編成や教材等の配慮
(2)障害のある児童生徒等に対する教育を小・中学校等で行う場合の「合理的配慮」は、特別支援学校等で行われているものを参考とすると、具体的には別紙2のようなものが考えられる。
(3)「合理的配慮」について条約にいう、「均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」についての考慮事項としてどのようなものが考えられるか(例えば、児童生徒一人一人の障害の状態及び教育的ニーズ、学校の状況、地域の状況、体制面、財政面等)。
(2)について
小中学校での 「合理的配慮」の例・・・
1.共通
- バリアフリー・ユニバーサルデザインの観点を踏まえた障害の状態に応じた適切な施設整備
- 障害の状態に応じた身体活動スペースや遊具・運動器具等の確保
- 障害の状態に応じた専門性を有する教員等の配置
- 移動や日常生活の介助及び学習面を支援する人材の配置
- 障害の状態を踏まえた指導の方法等について指導・助言する理学療法士、作業療法士、言語聴覚士及び心理学の専門家等の確保
- 点字、手話、デジタル教材等のコミュニケーション手段を確保
- 一人一人の状態に応じた教材等の確保(デジタル教材、ICT機器等の利用)
- 障害の状態に応じた教科における配慮(例えば、視覚障害の図工・美術、聴覚障害の音楽、肢体不自由の体育等)
2.視覚障害
- 教室での拡大読書器や書見台の利用、十分な光源の確保と調整(弱視)
- 音声信号、点字ブロック等の安全設備の敷設(学校内・通学路とも)
- 障害物を取り除いた安全な環境の整備(例えば、廊下に物を置かないなど)
- 教科書、教材、図書等の拡大版及び点字版の確保
3.聴覚障害
- FM式補聴器などの補聴環境の整備
- 教材用ビデオ等への字幕挿入
4.知的障害
- 生活能力や職業能力を育むための生活訓練室や日常生活用具、作業室等の確保
- 漢字の読みなどに対する補完的な対応
5.肢体不自由
- 医療的ケアが必要な児童生徒がいる場合の部屋や設備の確保
- 医療的支援体制(医療機関との連携、指導医、看護師の配置等)の整備
- 車いす・ストレッチャー等を使用できる施設設備の確保
- 障害の状態に応じた給食の提供
6.病弱・身体虚弱
- 個別学習や情緒安定のための小部屋等の確保
- 車いす・ストレッチャー等を使用できる施設設備の確保
- 入院、定期受診等により授業に参加できなかった期間の学習内容の補完
- 学校で医療的ケアを必要とする子どものための看護師の配置
- 障害の状態に応じた給食の提供
7.言語障害
- スピーチについての配慮(構音障害等により発音が不明瞭な場合)
8.情緒障害
- 個別学習や情緒安定のための小部屋等の確保
- 対人関係の状態に対する配慮(選択性かん黙や自信喪失などにより人前では話せない場合など)
9.LD、ADHD、自閉症等の発達障害
- 個別指導のためのコンピュータ、デジタル教材、小部屋等の確保
- クールダウンするための小部屋等の確保
- 口頭による指導だけでなく、板書、メモ等による情報掲示
「バリアフリー」と「ユニバーサルデザイン」
今は、バリアーをとってあげるだけでなく、年齢や障がいの有無などにかかわらず、だれもがさりげなく・・・っていうのが・・・。
バリアフリーは、人を隔てたり、行動を妨げたりする障壁(バリア)を除去した状態をあらわす言葉です。平成7年(1995年)版「障害者白書」では、4つのバリア(物理的バリア、制度のバリア、文化・情報のバリア、意識のバリア)が定義されています。
現在、バリアフリーという言葉はさまざまな場面で使われ、その使われ方もさまざまです。しかし、「あらゆるバリアをなくす」というように広い視野に立って使われていたとしても、そのイメージは、「障がい者、高齢者」の概念と切り離せず、現にあるバリアを取り除くという発想になってしまいがちです。そこから、バリアフリーは、「障がい者や高齢者など特定の人に対する、特別な対策」であり、すべての人々の多様な関係や平等性、見た目の自然さにまで踏み込まないという問題点が指摘されるようになりました。
たとえば、建物にエレベーターを設置しても、どこにあるのかわかりづらかったり、それを使うことでたいへん遠回りになる場合があります。このとき、エレベーターしか利用できない人がどう感じるかが問題です。
つまり、エレベーターをつけることでバリアフリーになるとしても、もう一歩考えることが重要であり、エレベーター、エスカレーター、階段を、それぞれ平等、公平に利用できるようにすることがユニバーサルデザインといえます。
また、「障がい者用」「高齢者用」と名づけられた商品や道具などは、バリアフリーといえるかもしれませんが、使用するのに抵抗がある人もいます。年齢や障がいの有無などにかかわらず、だれもがさりげなく使えることもユニバーサルデザインの重要な要素といえます。
「辛い」という文字を
一つ乗り越えると
「幸せ」という文字になる
人生 いつも これから・・・
よい言葉では・・・
マンガ(鬼滅・・・)での言葉:心を燃やす
これも、よい言葉と思います。