子どもの変容は、大人次第・・・

 ある生徒の言葉が印象に残って・・・。

その生徒が言った言葉は、「何故、学校に行くの」と・・・。

まわりにいた子どもたちも、そうだよねと・・・。

 ある指導員が、それに対して、子どもたちと言葉のキャッチボールを・・・。

日本では、義務教育9か年と・・・、法で・・・。

この義務教育を終えると、社会人として・・・、高校に行く人・・・等、

ある意味「大人」として・・・。

 

 では、学校に行くのは何のためと考えますと・・・。

保護者の皆さん、学校の先生方・・・、学園職員・・・、どのように答えますか・・・。

 

 確かに、学校へは勉強をしに行くって・・・、

 実は、勉強以外の意味がすごく大きいのでは・・・。

毎日、いろいろなヒトとかかわりに行くって考えたらどうでしょうか・・・。

ルールの中で生活をし、

集団の一人として、他の人たちと、それなりにうまくやっていく力をはぐくんでいくためと・・・。

 学校には、いろいろなヒト(子ども、教員・・)が集まっています。

成育歴、性格、ものの考え方の違うヒト、気の合うヒト、気の合わないヒト、個性を持った人・・・。

学校は、一般的に言うと、「小さな社会」と言われています。

その一員として、いろいろな出来事がある中、

何とかやっていくということは、

 社会という場で生きていくための練習・・・、予行練習なのでは・・・。

毎日学校にいって、授業を受けて・・・、友達と笑ったり・・・、怒ったり・・・、イヤなことを経験したり・・・、悩んだり・・・、泣いたり・・・、叱られたり、時には、嫌なテストを・・・。

 極端に言えば、ただ毎日、そこにいるだけでいいのかも・・・、

視覚的に・・・、聴覚的に・・・、5感でいろいろなことを知らず知らず身につくのでは・・・。

何となくでも、学校に行っていれば、

社会で生きていく「コツ」がつかめるのでは・・・、

こういう考え方は・・・

 

でも、実際にそばにいる大人の合理的配慮があってのことですが・・・、

合理的配慮が出来るヒトがいてのことですが・・・。

当たり前ですが、これが、大人の責務では・・・

 

学園では、日々、試行錯誤し・・・実行しています・・・。

ここでも、保護者の皆さんの意見、考えがあれば・・・、

真摯に受け止め、目の前の子どもの「よいよい変容」のため、手法を即、改めて・・・。

子どもたちが将来、「明るい日常生活」につながるように・・・。

現状維持ではなく・・・、

まして、退化(ちょっとまずい表現で申し訳ないのですが・・・)なんて、

もってのほかと考えます。

 

ある保護者の方が、ある事業所にいる我が子に対し、指導員が、◯◯をつけなければ・・・、

校外学習等はダメですと・・・、こんなように(親の取り方:解釈)言われたそうです・・・。

その保護者は、空しさからか、悔しさからか・・・、涙ながら言うのです。

この話を見て、学園の保護者の皆さん、学校の先生方、学園職員・・・、

どう思われますか・・・。

合理的配慮が一切なされていない・・・、

我が子意識を持っていないように・・・。

 

この世の中、国がいう「共生社会の実現」の意図を再認識しなければ・・・、

と、強く強く思った次第です。

 

話は戻りますが・・・

学校に行く、大きな意義は・・・、

異年齢の子とのふれあい・・・、一般社会に似ていますよね。

先輩・後輩の縦のかかわりも・・・、たかが1年、2年の差の中で、

年長者・年少者としての付き合い方、かかわり方を覚えるのでは・・・。

ここでも、そばにいる大人の存在が・・・、大人の責務

 

 また、信号のある交差点を渡る際、ちょっと怖いと思っている子もいます。

でも、一般的に、交差点を渡るのは当たり前と思っている子は多いですよね・・・。

ここで、やはり、必要なのは、「慣れ」ではないのでは・・・。

子どもが、ここは危ないから、嫌だと・・・、

別なところを通るようになってしまったら・・・、ずっと苦手なままで・・・。

うまく、怖がらず渡れないのは、能力がない・・・、そんなこと関係ありません。

 単に、練習をしていないだけでは・・・、

経験値が少ない、小さいだけでは・・・、

慣れていないだけ・・・。

 

 毎日、日々小さな体験をいろいろ積むことで・・・。

小中高と・・・、

毎日毎日いろいろな小さな体験を積み上げていったら、凄い経験値になりますよね・・・。

 

ヒトとのかかわりの基礎力に・・・。

そして、いろいろなことに対応できる力のはぐくみに・・・。

 

 今の世の中、コミュニケション能力が要求されて・・・、

そこで、対人関係を慣れる練習を・・・、

小さな社会の中で積んでいくことは、

今の社会に適応していく道、生きやすくなる道なのでは・・・。

 

学習、勉強・・・、学力も同じでは・・・。慣れる練習を繰り返し繰り返し繰り返しやっていれば・・・、いつの間にか身につくのでは・・・。漢字も、視覚で・・・、聴覚で・・・、5感で・・・、いつの間にか読め、書けるように・・・。算数数学の計算も、繰り返し繰り返し繰り返し・・・やっていれば・・・。学びも「慣れ」では・・・。経験値によるのでは・・・。学園に毎日毎日来ている子は、必ず、知・徳・体バランスのとれた人間力を・・・。週1回の子は、やはり・・・、その差は出ますよね。英会話教室においても、毎回出席している子は、英語に対して・・・、書道教室に毎回出席している子は、文字自体が・・・、運動療育に毎回参加している子は・・・、サッカー教室に毎回参加している子は・・・、水泳教室に毎回参加している子はと言うように・・・、「慣れ」、「経験値」・・・、今後の人生の大きな大きな岐路に・・・。

 

 いろいろ述べてきましたが・・・、

やはり大事なことは、大切なことは、

大人(親、学校の先生、学園職員・・・・)の存在が・・・。

大人の言動によることが非常に非常に大きのでは・・・。

大人の責務なのです。

 

教育立県彩の国学舎 くき学園としても、日々、試行錯誤です・・・。時には、意見の食い違いも・・・、指導支援の考え方の違いも・・・、更には、憎まれることも・・・、でも、目の前の子どもを思う心は・・・、子どもの成長・変容させたい心は、学園職員皆同じ・・・。

これからも、保護者の皆さん、

どしどし、遠慮なく、何でも言ってくださいね・・・。

一緒に一緒に、あの手この手・・・、あらゆる手を使って、頑張っていきましょう。