数年前(2002~2010年)に実施されていた、「ゆとり教育」という教育方針が失敗してしまったことから
「ゆとり」という言葉は、すっかり嫌われてしまっていますが、私は好きな言葉です。
子どもたちの多くは、時間に追われている生活を余儀なくされている子も少なくないでしょう。
たしかに、無制限だからといっていいことばかりではありません。
が、しかし、中には大人の都合によって・・・ということはないでしょうか?
日々、子どもたちとの生活の中で私は・・・「あと、3分真剣に話ができれば・・・」
「あと5分あれば・・・気持ちよく理解できて、自信をつけて帰せるんだ・・・・」
「あの意味深な言葉なんだろう?聞くにしても時間が・・・」
「もう少し時間をもらえれば・・・あの子のこんないいところを伸ばせる」
などなど・・・
もちろん、私たちはRV-PDDCAサイクルの下で・・・
計画性をもって、支援活動を行っています。しかし・・・「あとちょっと時間があれば・・・」
「明日も顔を見れれば・・・」という気持ちがないことがありません。
時は金なりで・・・時間はとても貴重です。
学園で過ごす1日というのは本当に貴重であると思います。
ある児童が・・・漢字ドリルにせっせと取り組んでいました。
見てみると・・・どうしても字が雑なのです。
「ここを、こう撥ねて・・・書き順ちょっとちがうよ?」
と支援をするものの・・・
「今日、この宿題を絶対に終わらせたい・・・」
すると、確かに作業になってしまうのです。
丁寧に書きなさい・・・しかし、ちゃんと時間に間に合うように・・・
こんな矛盾が子どもたちを取り巻いているのです。
なので・・・横についていることができるのならば・・・
「時計の長い針が8のところまでに・・・この字まで練習しようか?ただ、あわてないでいいよ・・・きっと出来るよ」
すると、いつも漢字ドリルが作業になってしまうのが・・・学習になるのです。
「書き順から覚えれば・・・どういう字の成り立ちなのかわかりやすいよ?」
また、ある教室での英語科の学習の際・・・
発音練習前に・・・単語をいきなり書き始めてしまう事があります。
あくまでもプリントは参照のつもりなのですが・・・
大切なのは読み方であり、使い方なのです。
だから、イメージを出来る対象物を用意して・・・まず、言えることを学習し・・・つづけて、筆記出来ることがのぞましい。
社会科においても、ぱらぱらっっと用語を覚えてしまっているが・・・
「説明をせよ」には対応しづらいのです。
そこで思ったのは・・・子どもの学習に欠かせないものの一つに・・・
ゆとりなのではないだろうか?ということです。
ある児童の言葉を借りると・・・
じっくりと宿題をやっていて・・・「〇〇まで・・・残り10分だよ・・・」と教えたところ
「あと10分かぁ~諦めないぞ!」
と・・・言い放つと、そのままのペースで終わらせることが出来たのです。
そうですね、「残り◯◯分だよ・・・」っていうのは確かに、追い込むような言葉ですね。
「残り〇〇分だけど・・・最後まで真剣に!」
と言ってあげた方がよかったのではないかと思います。
また、時間で追い込むのではなく・・・私たち大人が待ってあげることもとても大切だと思いました。
その・・・ゆとりこそが、成長の鍵なのではないでしょうか?
また、気持ち的なゆとりも同様です。
気持ち的にゆとりをもって・・・もっとじっくりと関わることが出来たならば
どの子にも、もっともっと伸びしろや、長所が見えるはずです。
それを、すぐに結果を求めに走ってしまうと・・・良いところを見落としていることはないでしょうか?
大器晩成と言う言葉がありますが・・・
まだ、器を作っているのに・・・料理を乗せようとしていないでしょうか?
嫌われてしまっている言葉・・・「ゆとり」ですが
私たちは、こんな大切な言葉を・・・ぞんざいに扱っているのではないでしょうか?
もっともっと、ゆとりを大切にして・・・子どもの確かな成長のために・・・どんどんと利用していきましょう。
また・・・ゆとりを作る機会にも、貪欲に取り組むべきであると思います。