ぼくと先生の・・・ノート・コミュニケーション

ある教室では・・・板書、ノート、教科書・・・を利用した学習をしています。

 

まず、教師が板書を書き・・・書かせながら、考えさせ・・・

再び教科書に触れて、簡単な繰り返しを行い・・・

教師が板書に触れて・・・問いを出し・・・

ノートに更に、考察などが書かれているところを、他の生徒と再び考察し・・・

 

そして・・・そのノートを教師がチェックして朱入れする。

 

ノート1冊で・・・こんなに学習のコミュニケーションが拡がるのです。

コミュニケーションこそ・・・

心を拡げ、豊かにし・・・更なる学習の器づくり・・・意欲づくりへとつながるのです。

 

今日も2冊のノートの物語が・・・

 

ある生徒はこれまでノートというものが渡されたことがありませんでした。

英語の学習の際・・・、指導員から1冊のノートがてわたされ

板書を写すようにという指導がありました。

そして、そのノートに指導員が独自の問題がかかれ・・・・

よく出来たところに・・・朱でイラストが・・・

そしたら、その生徒も・・・自信のあるところにイラストが・・・

一昔前に、「生協の白石さん」のお話がありましたが・・・

ノートを使ったコミュニケーション・・・豊かに関わりですね。

 

もう一つの物語・・・

テストを前にした・・・ある生徒。

板書をノートにまとめていました。その時・・・社会科の授業だったのですが・・・

安土桃山時代に・・・信長と秀吉の政策についてある発見をしたのです。

それを・・・更に付け加えてまとめ・・・

更に、指導員がこれに付け加え・・・・

楽市楽座からはじまる・・・秀吉の兵農分離までの筋書きが、より具体的に。

また、狩野永徳や千利休が・・・この時代に必要だったわけ・・・

など、エピソードも付け加わり・・・出汁が良く取れた一杯のラーメンのように・・・

 

これらのノートは・・・もう一度見返すようなことがあるのでしょうか?

是非、あの時の意欲を・・・成長を見るために・・・

再び開く時・・・

何よりも、学習の足跡として成績の向上に・・・

 

豊かな学びから・・・確かな学びへ・・・

ノートが繋いでいきます。