本日、サッカー教室が・・・。
2つに分かれて行いました。
フットサル専用室内練習場でのサッカー教室、心・技・体バランスの取れた・・・、
子どもたちの笑顔がいっぱい・・・、
子どもたちの心温かさがいっぱい、
子どもたちの真剣なまなざし・・・、
子どもたちの一生懸命さ・・・など、
豊かな人間性をはぐくむ練習、
これが、スポーツの基礎基本であり、今後の日々の生活に大いに生きることでしょう。
子どもたちの会話に、
「僕、頑張るぞー・・・」、
「僕、かけっこ、負けないぞー・・・」、
「ボールけり、上手になってでしょ・・」、
「僕、転んでも泣かないよ・・・」、
「私を見てて・・・、ボールあっちまでいちゃった」
「私も・・・」「僕も・・・」などなど、
楽しげに、言葉のキャッチボールを・・・。
別の班は、試合をしました。
相手のチームは、大きい子ばっかりで・・・、2試合とも負けはしましたが・・・、
今日の目標は、一生懸命に走ること、楽しくサッカーをやることだったので・・・、
試合を終えたあと、目標達成だという声が・・・。
子どもたちは、一生懸命にボールを追い、ゴールに向かっていく姿をたくさん見せてくれました。
こんなに走れるの・・・って感じです。
そして、ある女子の児童は、ドリブルをしながら、大きい子を一人一人抜いて行き、ゴールに走る姿も・・・、
途中でボールを取られても、そこで終わりにせずに、すぐにボールを取り返しにいく姿が・・・。
また、ゴールキーパーをやっていたある男子の児童は、右へ左へ・・・、
シュートされたボールを、手で・・・、足で・・・止めていました。
時には、ゴールされていましたが・・・、
みんなで・・・、どんまいドンマイと、声を掛け合っていました。
この雰囲気こそ、豊かな人間性のはぐくみと考えます。
ゴールを決められて、悔しそうな表情も、ちょびっと見られましたが・・・、
「もっと頑張るぞ」という表情に変わるのです。心の成長の一つと考えます。
この表情の変容こそ、心づくりに・・・自分づくりに・・・。
この子は、この試合で、たくさんのことを学んだことでしょう・・・。
強い心・・・、仲間のありがたさ・・・、やればできるという心・・・、
サッカーは一人でなく、仲間と心ひとつにして、やるということ・・・、
自分勝手な動き(わがままんな言動)をしないこと・・・などなど。
見に来ていた保護者の方々も、保護者同士の会話・・・、結構、盛り上がっていました。
親の笑顔は、子どもたちにとっての「やる気」「意欲」の向上になっているようです。
親子の絆って・・・。
今日の夕飯時、サッカーのお話で盛り上がっていることでしょう・・・。
ここでの、親として、心温かさを持っての、寛大なメンタルでの傾聴・・・、
これも、子どもを大きく成長させるのです。
・・・なの、・・・ね、というような共感、これも、心のはぐくみに・・・。
いいことばかりですね。親子の会話は、ポジティブに・・・。
ネガティブな話になりそうなときは、親の方で、ポジティブ的な話へと誘導したり・・・、
親の失敗話をしてあげたり・・・、マイナス的な話で終わりにしないということが・・・。
是非、お願いしたいことです。ここが重要なのです。
下記の文章、家庭教育、学校教育・・・に生かされる文章であると・・・。
是非、真剣にお読みください。
サッカーの本当の楽しさとは?
ブラジル人コミュニティで彼らと一緒にサッカーをしたときに感じる本当の楽しさ。
日本サッカーはまだまだ発展途上ですが、ブラジル人である彼らが創り出す、心から楽しいと感じる雰囲気。
その要因は大きく分けて3つあると感じています。
本気の遊び、リスペクト、分かち合いの3つだ。
本気の遊びとは
サッカーには遊びが大事だとよく聞きます。でも、サッカーで遊びというと日本人とブラジル人の遊びの感覚には違いがあります。 ブラジル人コミュニティには10代~40代くらい。
「レベル」と言ってしまうと参加しているブラジル人の皆さんには大変失礼になってしまうが、初心者っぽい人から競技チームに所属している人など、様々いる。 そんな中に、ぼくと友人を含めて3人の日本人を混ぜてもらう。
適当にチーム分けをして、数分ずつとにかく試合を繰り返す。
年齢もレベルも様々な人がいるなかでの試合はとにかく新鮮で楽しかった。 特に一番印象に残っていることがある。
ブラジル人たちと一緒にサッカーをしたときに印象に残ったシーン
お世辞にもあまり上手ではないブラジル人(仮称ジオゴ)が競技チームでプレーしているブラジル人(仮称ドゥドゥ)にパスをしたとき、ボールが大きくズレてミスになってしまった。その瞬間、ドゥドゥが物凄い勢いでジオゴに怒った。そしてジオゴもドゥドゥに怒った。 ぼくは心の中で「そんな怒らなくても。。。ジオゴがミスするのはしょうがないでしょ。。。」なんて思った。
しかし、ドゥドゥは「パスが通っていれば1点取れた!しっかりパス出せ!」と決定的な場面でのミスを物凄い勢いで責めた。 それに対してジオゴも同じような勢いで「お前がもっといいタイミングで走ってこい!」と言って口論し始めた。口論しながらも試合は進み、プレーは再開され少し時間が経つとお互いプレーを再開した。
日本人だったらと一括りにしてしまうのは良くないが、遊びのサッカーというとレベル差があってミスをしてしまったら、お互いに「あっ、ごめん。」「いいよ、いいよ」となるけれど、彼らは本気になって口論していた。
それはジオゴやドゥドゥだけでなく、参加していたブラジル人みんながそんな感じだった。遊びなんだけどみんなが本気。しかも、そこにサッカーの技術があるとかないとか、上手いとか下手とかそんなことをいちいち感じるのではなく、もうとにかくみんなが本気。遊びなんだけど本気ではなく、遊びだからこそ本気なのだとぼくは感じた。
サッカーを本気で遊んでいる。ぼくはそうみえた。
リスペクトがあるからこその口論
ジオゴとドゥドゥや他のブラジル人たちのプレー中の口論をみてぼくが感じたのは、ただ自分の主張をしているのではなく、そこに相手へのリスペクトがあるということ。
ポルトガル語を話せる友人に休憩しているときに「彼らはなんて言ってたの?」と聞くと、ドゥドゥは「お前なら今のは正確にパスを通せるだろ?!なんでだ?!パスが通っていればゴールを奪えた。ビックチャンスだった。」 ミスそのものに対して怒るのではなく、お前なら正確にパスを出せるだろ。なんであんなミスをしたんだ。と、お世辞にも上手くないジオゴにドゥドゥはそう言っていた。
上手い下手関係なく、みんなボールを蹴ることが好きで集まり、ボールを蹴ることが楽しくて集まっている。そんな彼らだからこそ、そこに上手い下手とかはなく純粋にサッカーを楽しむ心があるからこそ、お互いにリスペクトし合えるし、本気で遊んでいるのだと思った。
ゴールをともに分かち合う
本気で遊び、お互いを心からリスペクトし合っているからこそ、ゴールを決めた時の喜びも大きい。ゴールを決めれば大きな声をあげ歓喜してそれをチームの仲間が祝福する。そして一緒になって分かち合う。 ゴールをともに分かち合う彼らの中にぼくもいつの間にか溶け込んでいた。
本気で遊ぶ、リスペクト、分かち合う、この3つの中で一つでもが欠けていたら、彼らとサッカーの楽しさを感じることはできなかったと思う。
上記を読んで、感動しました、更に考えさせられました。凄くすごく重要なことと・・・。
「サッカーの本当の楽しさ:人としての成長」を感じられる子どもたちになってほしいと思います。
保護者の方々、上記の文章を読んで、子どもへの・・・(家庭教育:しつけ)として、是非参考にしていただければ・・・。
各教室での学びも、子どもたち皆、真剣、一生懸命に・・・・。こんなに勉強するのって感じもします。
週休日ということもあり、時間もたっぷりということで、指導員も、普段とは違った学びを・・・。
指導員のお話・・・「笑いを呼ぶようなもの・・・、子どもたちに考えさせるような話・・・」
更には、子どもたち自身にも意見を・・・というように工夫あるもの・・・。
楽しいと同時に心づくりにつながったと考えます。
ある指導員は、この時間を「道徳」と力強く言っていました。
くき学園は、学力の向上だけではないのです、心を如何に育てるかなのです・・・。
これには、保護者の深い深いご理解があってのことであり、二者総体にならねば・・・。
子どもを変容させたい・・・、成長させたい・・・という気持ちがある家庭・学園であるのだから・・・。必ず・・・。
信頼関係のあるのだから・・・、必ず・・・。