本日も3名の保護者の方々から相談が・・・・。
うちの子、家ではゲームばかり・・・、親の言うことを聞かない・・・。
家では、勝手気ままに生活しています・・・。
家でものを投げたり、部屋を・・・・。
家で、親に対して大きな声を出し・・・、暴言を・・・・。
うちの子は、親に対してすごく凄く気を遣っている姿が多々・・・、
親の話も反発もせず静かに何時間も聞くのですが・・・・。
でも、生活のリズムが悪いパターンを身につけてしまっているのですが・・・。
親として・・・・、悩んでいる様子がすごく凄く・・・。
でも、学園に相談に来るということは、
この保護者の方々は立派だと思います。
我が子を何とかしようと・・・、前向きさをすごく凄く感じます。
子どもを「伸ばす親」「つぶす親」・・・
子どもを伸ばす親:
小さな長所を発見し褒める親
親は子どものためと思い「短所を矯正」することに力を入れがちであるが、生きるに当たって、
それはさほど重要なことではないのでは・・・。なぜなら、短所は長所の裏返し・・・、紙一重・・・・
子どもの長所、あるいは得意なことを瞬時に褒めて、的確にアドバイスする。
そのことで子ども自身の「自信」に繋がるように「感化(洗脳)」していくのは親の責務では・・・。
「自己肯定感」を持って成長できた子どもは間違いなく幸せである。
「先送り」をしない親
子どもが世の中で「初めて出会うもの」との瞬間を見逃さないことが重要・・・。
生まれて初めて我が子が箸を持つ瞬間に、温かなメンタルの下、きちんと正しい持ち方を教えてあげる。
めんどうだから後でいいやと先送りをしたとするならば、
我が子が長じたときに矯正しようとしても膨大な手間と時間がかかるだけでは・・・
初めて出会う鉛筆、初めて出会う提出物の期限、初めて出会う定期試験・・・、
ありとあらゆる我が子が出会う「初めまして」に心を配る。
これが我が子の干支1巡目までにきちんとできているご家庭には問題が少ない・・・。
「人の役に立つ」素晴らしさを教えられる親
人間は誰かのために何かをやれるということに幸せを感じる・・・。
それゆえ、我が子が幼いころより「この仕事は世の中にこう役立っている」と
いう視点で解説してあげる家庭に育つと職業観が自然とついてくる。
親自身が社会に貢献し、努力している一社会人(専業主婦ならば家庭に貢献している)である
という背中を見せ続けることはとても大事なことである。
打たれ強い子に育てられる親
ある会社で上司に「バカヤロー! 辞めちまえ!」と言われただけで本当に辞めた新人がいる。
企業は、どんなことがあっても「やめない強い意志を持った学生が・・・」
先行き不透明な世の中で必要なのは「打たれ強さ」である。
親は子どもが幼いときから、失敗させることを恐れない。
失敗したことを「経験値が増えた」と言って逆に喜べる。
どうしようもない失敗をしたときこそ「(おまえは)大丈夫」と言って、
動じない最後の砦となれるならば、
その子は「ここ一番!」のときには粘り強さを発揮できる人間になっている。
つまりNGワードを連発していることが多いのです。
実は母親が思い及ばないほど、子供は傷つき自信をなくすのです」
家族間がよくない・・・
感情に任せて相手(家族同士・・・)の悪口を我が子にぶつける親は最悪・・・。
安定しない家庭に安定している子は望めないのでは・・・。
仲の悪さの原因はさまざまだが、夫や親族の愚痴を吐き続ける母の元に育つと、その子は遅かれ早かれ壊れて・・・・。
上限を決める親
我が子が「これになりたい」というような将来についての希望を口走ったときに
「(いつも口だけで地道に努力しない)おまえにできるわけがない」
「向いていない」
「無理」
「普通になれ!」という親は、その瞬間に子どもをつぶしている。
二度と子どもは「将来」を口にはしないだろう。
ペナルティを科す親
「成績が悪くなったからお小遣いをなしにした」という中高生の親からの相談(相談は別の内容)をよく受けるが、
その子の成績は永遠に上がらない。
罰則からは生産的なものは何も生まれない。
とはいえ、逆に、成績が良くなったからご褒美をあげるというやり方が正しいわけではない。
私の知る限り、成績の良い子に、親にエサで釣られた(ちょっと変な言い方ですが・・・)子は存在しない・・・・
環境を見ない親
「この内申だから自動的にこの学校」というように、
「環境」を見ない親は失敗しがち・・・。
「環境」だけは、親の努力が利く範囲・・・・。
この場合の「環境」は学校、習い事、塾、友人関係など、我が子が接するあらゆる空間をかんがえます・・・。
存在を認めてもらえ、なおかつ長所を伸ばしてもらえる「環境」に、
我が子を置いてあげることが、思春期の子育てには何より必要なことである。
時代を見ない親
一流大学→一流企業というモデルが崩れた?今、親たる者、時代をよく見て子育てをすることが・・・・。
我が子が思春期になっても「悪魔の機械」だからと電子機器を一切与えない親がいるが、
ツールが使えなければ、現代社会では生きられないのでは・・・。
悪いのは「機械」ではなく、「使い方」である。ここを勘違いしてほしくないのです。
初めて電子機器を子どもに与えた瞬間が大事で・・・。
親こそが、その機器のメリット、デメリットを把握し、
年齢に適した使い方のルールを親子で話し合うことが重要・・・。
「恐怖感」にかられて闇雲に「反対」しても、子どもの反発を招くだけである。
まず親が機器を学ぶことが先決・・・。
便利だからと「子守り」にダラダラ使ってしまうことだけは避けたいもの・・・。
親子のルール作りが不可能になるだけでなく、
後で払う代償が大きくなっていくからだ。
我が子に「手をかけて」「目をかける」ということを
日々の暮らしでし続けて行くことは容易ではないが、
子どもを伸ばす親とつぶす親の差異は「ちょっとした子どもへの働きかけ」があるかないかなのでは・・・。
「めんどくさい」という気持ちを少し棚上げにして、
我が子に寄り添ってみるということが「できる第一歩」・・・・。
我々くき学園職員皆、
学園の子どもたちに対し、日々、全力投球・・・・。
「めんどくさい」なんて誰一人思っていません。
保護者の皆さん、いつも言いますが、
一人で考え、悩んではダメです。
一緒に、前向きに前向きに頑張りましょう・・・。