幼児・児童の療育スポーツ・・・、児童生徒の学習・・・、ピンチはチャンス。

週2回の療育スポーツが、本日も行われました。集団活動の一環でもあり、集団での過ごし方、大切さなども行っていました。そこで、礼儀マナー面も・・・・・。更に、体幹強化・・・、いろいろなダンスを活用して・・・・。子どもたちにとって、楽しみな時間になっているようです。指導者は、日本スポーツ協会公認指導員をはじめ、元体育教師を主に行っています。やはり、継続することの大切さが、子どもの心身の成長に現われてきています(この半年のデータより)。毎回参加している子は、えっ、こんなことができるようになったのと・・・・。子どもって、やれば、大きく成長するのですね。

 ある教室では、学習学習・・・・。期末テストに向けての最後の追い込み学習・・・・・。今まで計画的にやってきたため、表情がちょっとよいように見えます。努力は苦でも、その過程を乗り越えると・・・、今日の笑顔ある学びの顔に・・・。よく頑張っています。先輩を見ている児童も、テストに対する気持ちの変化も見られます。ある児童は、小数の計算のテストがあるから、問題作ってくださいと言うのです。30問、これを一生懸命に解くのでです。これを中学生がここはね・・・、こっちはね・・・・、出来ているよ・・、すごいね・・・などの声かけも。この教室は、ひとつの家族のように思えました。

 

我が子から暴言・・・・  あって当たり前です・・・・。

「あんなに可愛かった我が子が暴言を吐くなんて……」。小学校高学年くらいになると、ときに親が驚くような悪態をつくことがあります。その場ではショックのあまり、怒ることすらできず、悲しい気持ちを引きずってしまうことも少なくありません。
 親に暴言を吐く場合の考えられる要因とその対策について・・・・・考えましょう。

暴言は学習である

子供が親に向かって吐く「死ね!」「クソババア」のような暴言。「なぜこんな言葉を言うようになってしまったのか」とその理由を考えるとき、親はまず自らを振り返ることが多いものです。もし自分が子供に悪態をついているのならば、反省のしようがありますが、実際はママは全くそんな言葉を使わないのに、ある日突然、「うざい」「消えて」と言われたりすることがあるため、ママはどうしていいのか戸惑い、対処に苦しんでしまうことになります。

しかし、人間は数々の暴言を持ち合わせて生まれてくるわけではありません。「クソババア」は確実に後学したものです。暴言は100%学習によるものなのです。

そこには2段階の学習があります。まず1つめは、見聞きしたことで、言葉として認知する段階。世の中には、「クソババア」という言葉が存在することを知るプロセスです。親としては、「ならばそれはどこから、だれから?」ということが気になりますが、親でなければ、周囲の人たち、友達との会話の中で知りえた可能性は高いでしょう。あとはテレビやまんが本などの媒体です。それらを通して、言葉の存在を知ることはよくあります。「クソババア」という言葉が頭に入る、これが1つめの学習です。

しかし、言葉として知ったとしても、それを実際に使うかどうかはまた別の話です。心理学的な見方をすれば、その言葉を発したことで、なんらかのメリットが得られれば、「これは使える言葉だ」となり、それは繰り返されやすくなります。これが2つめの学習に当たります。

小学校3、4年生ともなれば、きっと大半の子が、「クソババア」という言葉を知っているでしょう。でも多くの子はそれを頭の隅に入れたまま、”まんがの中で出てくる言葉”程度の位置づけで自らは使わない言葉のストックとして置いておきます。つまり、語彙としての学習だけでは実際には使われることはなく、その子がその言葉を用いることで何らかの恩恵を得ていると、癖になりがちだということです。

暴言で子供を優位に立たせてしまうことが負の連鎖に

「そんな汚い言葉や人がイヤがる言葉を言って、いったい何の恩恵があるのか……」と思う方も多いと思います。ここでいう恩恵とは次のようなことです。

  • 暴言を吐いたことで、相手が言うことを聞いてくれた
  • 脅したことで、欲しいと思っていたものが手に入った
  • クラスで汚い言葉を言ったら、仲間が笑ってくれた

いずれも自分を優位に立たせる効果があるのが分かります。それにより「これは効く」と判断され、それ以降繰り返されやすくなるのです。

このような学習は、自分で確立させていくだけでなく、周りのやりとりを見て学ぶことでも起こりえます。心理学者のバンデューラが見つけた「観察学習」というプロセスがこれに当たりますが、周りの子が暴言を吐いたことで得をしていたりする状況を目撃すると、「ならばやってみようかな」と思うようになる子もいるというわけです。

こういうパターンでは、暴言、罵言、猥言などの”言ってほしくない言葉“が、その子にとっての恩恵に結びつかないようにするのが1つの対策になります。

  • 暴言を吐いても、相手が言うことを聞いてくれなかった
  • 脅したのに、欲しいと思っていたものが手に入らなかった
  • クラスで汚い言葉を言ったけど、だれもリアクションしてくれなかった

この状況だと、続ける意味合いが薄くなるので、モチベーションが下がります。今の状況と照らし合わせ、お子さんがなんらかの恩恵をもらっているケースに当てはまるかもという場合は、それに乗せられないようにすることも一案です。

「クソババア」と言われてしまうと、カチンときて言い改めさせようとしたり、子供に負けぬ言葉で対抗したくなりますが、残念ながら、思春期間近の子がその段階で素直にクソババア発言を撤回するとは考えにくいものです。ママが同じ土俵に上がってしまうと親子げんかになるのは必至ですし、あとは逆にショックのあまりその場で泣いてしまったりすると、お子さんによっては「ママより優位に立てた」と感じ、クソババアという言葉の威力を再認識してしまうことなります。

怒りにしても、悲嘆にしても、感情的に大きいリアクションはいい結果を生まないので、できる限りでいいので落ち着きましょう(言うのは簡単、やるのが難しいので、できる範囲のベストで)。いったんは聞こえないふりをするのも1つの方法だと思います。そして、お互いが落ち着いている時間を利用し、そこで話し合うのが賢明な策と言えるでしょう。

暴言が心の訴えであることも

“いったん”と書いたのには理由があります。たとえ暴言という形であっても、それが子供の何らかの訴えであることもあるからです。完全無視、100%スルーを続けてしまうことで、親へのサインを見逃してしまうとことにもなりかねません。ここが重要

たとえば、学校でイヤなことがあったけれど、家でだれかに打ち明けられる雰囲気ではない、そのため自分ひとりで悶々と考えていた・・・・。そんなときにママからなにか小言を言われ、心にあった不平、不満が一気に爆発し「クソババア」「死ね」と思わず言ってしまった、こんなことも起こりえるでしょう。不意打ちではありますが、「何か様子が変だ」と気づくサインにはなります。

「うちの子がそんなことを言うなんて・・・」と思うようないい子タイプのお子さんの場合、とくに注意が必要です。親に期待を持ってもらっている分、それに応えようと、いい子でいようという思いが働き、心に”ため込み“をしてしまいがちだからです。もしそんな子が、ある日突然、「クソババア」と言ったら、それは「限界までため込んでしまった」という警告でもあるのです。

 そんなときは、子供を叱りつけるのではなく、まずは、親自身の過干渉や過度な期待など、子供を追い込む要因がなかったか振り返る必要があります。「暴言」という形でも吐き出せればよし、という見方もありますが、一番いいのは、吐き出す前に察してあげることです。とくに日頃から我が子に期待をかけ過ぎている気がする方は、その子が感じている圧迫感を減らすことが暴言対策として意味を持ってくるでしょう。

我がへのかかわり方、振り返ってみましょう・・・。
我が子を何とかしよう・・・、我が子をよりよい変容にと・・・。我が子をトコトン守ってあげたい・・・・。我が子を信じ、伸びしろ、可能性を求めて・・・・。
これらのことは、是非、やって良いのです。絶対に、やってよいのです。
但し、時にして、落とし穴が・・・、落とし穴の時期が・・・・。徐々に成長してきた我が子が・・・・、この成長過程、変容過程だけであるはずないのです。
この落とし穴は、あって当たり前です。あって良いのです。ないとしたら逆に怖いと考えますが・・・。
「ピンチはチャンス」という言葉とおり、このピンチを、必ず、生かすことです。生かさなければいけません。このピンチという機会を与えてくれたのですから・・・・。
家庭、、学校、学園、同じ方向を向いてですが・・・・。共通理解、共通行動(しつけ、指導・支援)が必要・・・・・・。
また、家族での理解・協力も・・・・。兄・姉の理解・協力も・・・・(兄弟の場合は、かかわることのより、豊かな人間性のはぐくみに)。
 マイナス志向でなくプラス志向で・・・・。
 ネガティブでなく、ポジティブに・・・・。
一人で悩まないで下さい。保護者の皆さま、
我々も、教育経験を最大限に生かし、
お子さまのよりよい変容に向け、
一緒に考え、頑張って行きましょう。