子どもたちの話を聞いていますと、子どもたちなりに、学校にて、いろいろなことが・・・・。また、家庭においても、子どもにとって、いろいろなことが・・・・・
子どもたち、よく頑張っています。奮起しています。凄いです。
本日、ある教室で、子どもからの相談があり、ある指導員が真摯に、寄り添って話を聞いていました。話が終わると、その子に対し「ロールプレイ」にての気づき指導を・・・・・。数回、同じことを繰り返しました。その子は、あっ、わかったと・・・・。僕、そういう点があったと思いますと笑顔で答えるのです。やはり、話だけでなく、視覚からの気づき、意義ありますね、と改めて感じました。
ある子は、僕、失敗ばかりなんだよねと・・・・・。別な子が、この言葉に対し、でも、今、僕と一緒に勉強しているじゃんと・・・・。失敗して、嫌な思いをしても、学園に来ているんだから、すごいよと・・・・。周りにいた、ある子は、私も失敗ばかりしてるよと・・・・・。でも、○○先生が、いつも言ってるよね。「たくさん失敗して良いんだよ、その失敗を生かしてこそ・・・、自分に負けるなと・・・・、自分の心に勝つんだよと・・・。」。そこで、ある子が、「七転び八起き」だよと言ったのです。
その後、話が非常に盛り上がり・・・、皆、何かを得たようで雰囲気が非常に明るく・・・・・。
教室内に、心の葛藤している子もいましたが、自分自身と戦っている子もいましたが、何かを感じ、今の自分ではいけない、一歩前に進まなければ・・・と感じたことでしょう・・・。必ず、大きな「成長・変容」に繋がると我々指導員皆、考えています。
これこそ、子どもたち自らの「心のはぐくみ」に・・・・・。
素晴らしいことですね・・・・・。
「七転び八起き」を文字通りに解釈すれば「七回転んで八回起き上がる」こととなります。すなわち「多くの失敗にもめげず、その度に奮起して立ち上がること」の意味になります。また、転じて「人の世の中の浮き沈みが激しいことのたとえ」としても用いることができます。
「何回失敗しても、諦めずに立ち上がって奮闘すること」
いくら落ち込んでいたとしても、屈せずに再び挑戦することで良い事が起きることを表します。 また、「人生は波乱万丈である」という意味も含まれます。
ちなみに「七回転んで八回起き上がる」ときの「七」と「八」には特別な意味はなく、七回は「多くの失敗」のたとえとして使われています。
<具体として>
「一度のエラーで気落ちしていても仕方ないさ。七転び八起きだよ」
「あの人は七転び八起きの精神で、学習を一生懸命に取り組んでいる」
「七転び八起きの生き方が性に合っている」
「七転び八起きということを信じ、毎日学校に行っている」
「将来、お母さんを楽にしてあげるんだ、何があっても負けないよ」
「嫌なことが何回あっても、僕、私、負けないぞ」
どんな時に、七転び八起きの言葉を使っていますか・・・・
・困難を乗り越えたとき
・大変な思いをしている人を励ますとき
・失敗してもまた頑張ろうと意気込むとき
・長い間の苦労がようやく実ったとき
・新天地で頑張る人にエールを送るとき
・今までの経験など過去を振り返るとき
言い回しとして・・・・・の具体
・七転八起で
・七転八起の人生
・七転八起の心構え
・七転八起の気力
・七転八起の精神 などがあると考えますが・・・・・。
例えば:
・今回の試験は合格ではなかったけど、諦めず七転八起の心構えで次の試験に備えよう。
・頑張り屋の彼女はどんなに失敗しても、七転八起して必ず立ち直っている。
・今までは七転八起でどんなことでも乗り越えてきたが、今回のミスはだいぶ身に堪えてしまった。
・七転八起してようやく成功を手に入れたからといっても、あまり調子に乗らない方が良いよ。
・いくら失敗をしようとも、必ず七転八起の精神で乗りきるようにと約束した。
・七転八起と言うように、諦めることなくもう一度挑戦すればきっと良いことが起きると思うよ。
この言葉「七転八起」をご家庭で、上手に使ってほしいものです。
これも、心に何かを・・・・、気づかせ、感じさせる、家庭教育
(躾教育)になるのではと考えます。
「心づくり」なのです。どんな手を使っても、どんな手法でもかま
いません。あらゆる手段を・・・・。
心・心・心づくりが、今、重要なのです。
我が子を愛することは、もちろん基本です。心を育てる手立てを実際に・・・・。
大人は、やっていますよと、よく言いますが・・・・、大人の自己満足になっていませんでしょうか・・・・。
こうやったら・・・、こうなりそうだ。こう言ったら・・・、こういうふうに声かけしたら・・・・、こうなりそうだ。その変化、その変容を・・・・。指導しっぱなし、ダメです。見届けまで。いろいろと考え、実践していきましょう。
我々も、一緒に考えます。
子どもを大きく育てていきましょう・・・。