人には誰しも、「あの人のようになりたい」と強く憧れる瞬間があります。
その気持ちは、まだ自分の力が足りないと感じる幼い頃ほど、純粋でまっすぐなものです。
そして、その憧れはやがて「自分もあのように生きたい」という目標へと変わり、成長の原動力になります。
そのことを、戦国武将・伊達政宗の幼少期の逸話を通して深く考えるようになりました。
伊達政宗は、幼いころ「梵天丸」と呼ばれていました。
彼は幼いながらも非常に気丈で、芯の強い子どもだったと伝えられています。
しかし、その幼少期は決して順風満帆ではありませんでした。
天然痘を患い、右目の視力を失ってしまったのです。
そのため「片目の小僧」と陰口を叩かれたり、家督相続を危ぶまれたりもしました。
それでも彼は決して心を折ることなく、むしろ自らの弱さを受け入れ、そこから力強く立ち上がっていきます。
あるとき、政宗の母である義姫が、
わざと彼に「弟のほうが跡取りにふさわしいのでは」と言葉を投げかけたといわれています。
母として心を鬼にし、息子に試練を与えたのです。
そのときの梵天丸は決して泣き崩れることなく、
「わたしは伊達の嫡男として恥じぬように生きます」と静かに答えたと伝えられています。
この逸話には、幼いながらも己を律し、誇り高く生きようとする強い意志が感じられます。
幼い政宗の「自分を信じる力」に心を打たれました。
彼は病によって外見的なハンディを負いましたが、それを理由に諦めることはありませんでした。
むしろ、自らの弱さを糧にして、「どうすれば自分は強くなれるのか」を考え続けたのです。
私はその姿に、「わたしもかくありたい」と強く感じました。
人は、順調なときには自分の力を信じやすいものです。
しかし、失敗や逆境に立たされたときにこそ、心の強さが試されます。
政宗の幼少期の姿は、まさにその「逆境を糧に変える力」を教えてくれます。
私も、これまでの人生で小さなつまずきや悔しい思いを経験してきました。
思うように結果が出なかったり、誰かに比べて自信を失ったりしたこともありました。
しかし、そんなときに政宗の姿を思い出すと、
「自分もまだまだやれる」「ここからが成長のチャンスだ」と前向きに考えられるようになりました。
憧れの存在がいるということは、ただ目標をもつという意味だけでなく、
「自分の可能性を信じる力」を与えてくれることでもあります。
そして、その憧れに向かって歩む過程で、私たちは少しずつ自分自身を磨いていきます。
政宗のように、自分の弱さと向き合い、
それを乗り越えようとする努力の中にこそ、本当の成長があるのだと思います。
しかし、子どもが憧れを持ち、それに向かって努力を続けるためには、
周りの大人の支えが欠かせません。
伊達政宗の幼少期にも、母・義姫や家臣たちがその成長を見守り、
ときに厳しく、ときに温かく導いていました。現代に生きる私たちも同じです。
子どもが憧れを抱き、自ら伸びようとする心を持ったとき、その芽を大人がどう支えるかが大切です。
大人の役割は、子どもの憧れを壊さないことです。
「そんなの無理だよ」「現実を見なさい」と冷たく言ってしまうのは簡単です。
しかし、その一言が子どもの心の火を消してしまうことがあります。
反対に、「いいね、その夢。応援してるよ」
「少しずつ近づけるように頑張ろう」と励ます言葉は、
子どもにとって大きな力になります。
たとえ道のりが遠くても、大人のまなざしが優しく寄り添っていれば、子どもは自ら成長していくのです。
ある生徒と生徒の話、ある生徒は、かつてある先生の言葉に救われた経験があります。
失敗を重ねて落ち込んでいたとき、「あなたの中には、まだ眠っている力があるよ。
焦らなくていい・・・続けていれば、きっと光るときが来る」
と言われました。
その言葉に背中を押され、再び前を向くことができました。
振り返れば、その瞬間こそが、私の「憧れを現実に近づける第一歩」だったように思います。
伊達政宗もまた、幼い頃に母や師からの支えを受け、
己を磨き続けたからこそ、後に「独眼竜」と呼ばれるほどの勇将となったのでしょう。
幼少期の苦しみや葛藤が、彼の器を大きくし、人を導く力へとつながっていったのだと思います。
そして、私がもう一つ強く心を動かされたのは、
「憧れの裏には、想像を超える苦労がある」という気づきです。
成長するにつれ、憧れていた人がどれほどの努力や我慢を重ねてその姿にたどりついたのかを知ったとき、
心から尊敬の念が生まれます。子どものころはただ「かっこいい」と思っていた存在が、
大人になって初めて「本当にすごい」と感じられるのです。
政宗も、ただ天賦の才があったわけではありません。
多くの戦を経験し、信頼していた人を失い、孤独と戦いながらも前へ進んだ人物でした。
その生涯は決して華やかではなく、むしろ苦労の連続でした。
しかし、その一つひとつを乗り越えてきたからこそ、後世に名を残すほどの人物となったのです。
私も、そんな政宗の生き方に少しでも近づきたいと思います。
困難を前にしても諦めず、自分の信じた道を歩む強さ。
人を思いやりながらも、自らの信念を貫く姿勢。
そうした生き方を日々の生活の中で少しずつ実践していきたいと思っています。
そして、いつか誰かが私を見て、「あの人のようになりたい」と思ってもらえるような存在になれたら、
それほど嬉しいことはありません。
人の成長は、決して一直線ではありません。
ときに迷い、つまずきながらも、憧れという光を頼りに進んでいくものです。
その道の途中には、必ず支えてくれる大人の姿があり、心を奮い立たせるような出会いがあります。
そして、やがて自分自身が誰かの憧れとなるとき、
「ああ、自分も苦労を乗り越えてここまで来たんだ」と実感できるのではないでしょうか。
伊達政宗の幼少期のエピソードにあるように、
「わたしもかくありたい」という気持ちは、
人を成長させる原動力です。
大人はその思いを大切に受けとめ、子どもが憧れを失わずにいられるように寄り添うことが求められます。
そして、子ども自身もまた、憧れを追う過程で多くを学び、やがてその憧れの本当の意味。
努力と苦労の積み重ねの尊さに、気づくことでしょう。
その瞬間こそが、心の底からの感動であり、真の成長なのだと思います。