子どもの「熱中症予防」から思うこと

毎年、夏が近づくと「熱中症には要注意」とさまざまなメディアで呼びかけられます。

大人にとっては、「水分補給は当たり前」「帽子をかぶるのは常識」と思っていることでも、

子どもにとっては、そうした“常識”がまだ身についていないことも多いのです。

むしろ、大人がきちんと伝えなければ、子どもはその重要性にすら気づかないまま、日差しの下で遊び続けてしまいます。

「できて当たり前」と思っていたことが、

実は子どもにとってはまだ「初めてのこと」「慣れていないこと」だったという経験はありませんか?

 

大人の目線で考えると、

「これくらいは分かるだろう」「言わなくても気づくだろう」「前に教えたから、きっと大丈夫」と思いがちです。

しかし、こうした“きっと”は子どもにとって非常に危うい前提であることを忘れてはいけません。

教育や子育てにおいて、「きっとは禁物」です。

私たち大人が無意識のうちに抱いている「きっとできるはず」「きっと分かっているだろう」という思い込みが、

子どもを危険な状況にさらしてしまうことがあるのです。

たとえば、ある日、小学校で暑い日でも水筒を持たずに登校する子どもがいました。

「先生、水道で飲めるから持ってこなくていいよね?」と聞かれ、

最初は「そうだね」と返していましたが、実際には教室が3階で水道は1階。

こまめな水分補給ができず、結果的に軽度の熱中症になってしまいました。

先生も、子どもも、「きっと大丈夫」と思っていたけれど、

そこには「もしもの、もしもの場合を含めて」考える視点が抜けていたのです。

 

子どもは未熟であることが前提

 

私たちは、つい「教えたことはできるようになる」「何度も注意すれば分かってくれる」と思いたくなります。

もちろん、その積み重ねによって子どもは成長していきますが、

それでも「子どもは未熟である」という前提を忘れてはいけません。

「整理整頓ができて当たり前」「あいさつができて当たり前」「周りを見て行動できて当たり前」といったように、

大人が望む行動が、まだ子どもの中で“習慣”になっていない場合は多くあります。

それを「なぜできないの?」と叱責するよりも、

「まだ身についていないんだね。どうやって覚えていこうか?」と寄り添いながらサポートしていく姿勢が大切です。

「子どもにとっては当たり前ではない」という視点を持つと、私たちの接し方が少しずつ変わります。

 

「もしも」の連鎖を防ぐために

 

私たちは日々、「大丈夫だろう」と思って過ごしています。

しかし、その「大丈夫」が崩れたとき、思いがけない事故やトラブルが起こります。

「ランドセルを忘れた」「宿題をやっていなかった」「友達とトラブルになった」「体調が悪いのに言い出せなかった」・・・

こうした出来事の裏には、「きっと分かっているはずだった」「まさかそんなことになるとは思わなかった」

という大人の想定不足が隠れていることがあります。

「もしも、帽子を持ってこなかったら?」「もしも、水分が足りなかったら?」「もしも、具合が悪いのに我慢していたら?」といった、

あり得る“もう一つ先のもしも”まで想定して行動することが、子どもを守ることにつながります。

 

もちろん、子ども自身が少しずつ自分の行動を自分でコントロールできるようになることも重要です。

しかし、その力が育つまでは、私たち大人が“過保護”ではなく“予防的”な関わりをする必要があります。

 

「当たり前」の感覚は一人ひとり違う

 

あるクラスで、給食の準備をする際に、配膳の流れを把握できずに立ち止まってしまう子がいました。

先生は「もう4月も終わるのに、なんでまだ分からないの?」とつい強い口調になってしまいました。

けれど、その子にとっては、自宅で食事の手伝いをした経験も少なく、

そもそも「どう動いてよいか分からない」状態だったのです。

「これくらいは分かるはず」という大人の感覚は、その子にとっての“当たり前”ではなかったのです。

一方で、ある子は準備がとても早く、友達に次々と指示を出していましたが、

指示された子たちは委縮して動けなくなってしまいました。

「どうして動けないの?」「なんで分からないの?」という声が、そのままプレッシャーになってしまったのです。

「当たり前」が人によって違うという視点は、個性や経験値、背景の違いを理解する第一歩です。

 

子どもは大人の支えで伸びていく

 

子どもは大人の“見守り”と“声かけ”で、大きく変わります。

「当たり前だと思っていたことが、実は分かっていなかったんだね」と気づけたとき、

私たち大人も一歩成長できます。

「どうして分からないの?」という問いよりも、

「どうしたら分かるようになるかな?」という視点があれば、子どもと共に成長する関係が生まれます。

熱中症対策にしても、「帽子をかぶりなさい」だけではなく、

「暑い日は体が疲れやすくなるから、帽子をかぶると体を守れるよ」と“理由”を伝えると、子どもは納得しやすくなります。

「水筒を持ってきてね」と言うだけでなく、

「水分をとらないと、頭が痛くなったり、倒れたりすることもあるからね」と丁寧に説明することが、

子どもの行動を促す鍵となります。

「きっと分かっている」「きっとできる」は、時に子どもを置いてけぼりにします。

「子どもにとっては当たり前ではない」を心に留めて、もう一度、私たちの伝え方や関わり方を見直してみましょう。

 

できて当たり前は禁物

 

「できて当たり前」は大人の基準です。

しかし、子どもは今、まさに「できるようになる途中」にいる存在です。

その成長の道のりに寄り添い、時には立ち止まり、時には一緒に悩みながら進んでいくことで、

子どもたちは自分の力を信じ、自分らしく育っていきます。

熱中症対策ひとつとっても、「もしもの、もしもの場合を含めて考えましょう」という視点を持つことは、

子どもを守るだけでなく、子どもが自らの力で安全に生きる力を育む大切な機会になります。

「子どもにとっては当たり前ではない」。この言葉を胸に、

今日もまた、一人ひとりの子どもたちに向き合っていきたいものです。

 

また、裏を返すと・・・

それだけ、子どもたちには大いなる可能性が秘められているのです。