今の子どもたちには、
「合理的配慮が」
必要不可欠です。
更に、不易と流行が、
適切、正しい理解でなければ・・・
やはり、大人(親、学校教員、学園職員、地域住民・・・)の責務
本日も各教室、新学期直前ということもあり、
校外学習、工夫ある行事等を多々・・・。
今、規則正しい生活、規則正しい生活習慣を、思い出させねば・・・、
(これこそ、大人の責任、登校しぶりが出てからでは・・・)
新学期、よいスタートが切れないと考えてのことです。
今、子どもの世界、子どもの生活は、ゲーム依存による夜更かし、朝寝坊、昼夜逆転生活、
中には、学校には行かなくて、「オンラインで、何でもできるじゃん」と考えている子も・・・。
仕事も、「パソコンできれば、お金は入ってくるじゃん」と考えている子も・・・。
昔も今もありません、
不易と流行と言いますが、
「不易」の部分を大事にしたいものです。
ど の よ う に 時 代 が 変わ っ て も , 決し て その 価 値が 変 わ らな い もの ,
私た ち は、こ れ を 不 易 と 呼 ん で い ま す 。
日 本 な ら で はの 年 越し , お正 月 の 伝統 行 事や 文 化は勿論,
「心の教育」、まさ に 「 不 易 」 で あ る と い え ます 。
一 方 「 その 時 代の 移 り変 わ り とと も に変 え てい く 必要があるもの」を
「流行」と呼んでいます。
そ れ で は、 学 校 教 育 に と っ ての 「 不 易 」 と「 流 行」 は どの よ う なも の でし ょ うか 。
教育における不易とは,
社会で生きる学力を付けさせること,豊かな人間性を育むこと,
自 分 の 身 を 守 る 力 を 付 け さ せる こ と ,
つ まり 「 知・ 徳 ・体 」 の 力を バ ラン ス よく 身 に付けさせることでは・・・。
同時に,教育は、社会の変化に無関心であってはなりません。
「流行」に柔軟に対応して い く こ と も 教 育 に 課 せ ら れた 課 題 で す 。
例 え ば, I CT 教 育 や英 語 教育 , アク テ ィブ ・ ラ ー ニ ン グ な ど へ の 対 応に つ い て も ,
更 な る充 実 を図 っ て いか な けれ ば なり ま せん 。
つ ま り 「 流 行 」 は 「 不 易」 を 達 成 す るた め の,
社 会の 変 化 に合 わ せた 手 段と い えます。
但し、繰り返しますが、「今」、ゲーム依存が・・・
「不易と流行」という言葉は,松尾芭蕉の残した言葉とされています。
「不易を知らざ れ ば 基 立 ち が た く ,
流 行 を知 ら ざ れ ば 風新 た なら ず 」と い う もの で す。
ま た芭 蕉 は、こうもいっています。
『不易と流行のその基は一つなり』。
子 ど も た ち を 取 り 巻 く 環 境が 速 い ス ピ ード で 変化 し てい ま す 。
教育立県彩の国学舎くき学園職 員一 同 で 、
真のあるべき「 不 易 」 と 「 流 行 」 を十 分 に 見 極 めつ つ ,
こ れ をし っ か り位 置 づけ た 福祉・教育 活 動を
進 め て い き た い と 考 え て いま す 。
ある教室は、宿泊学習から帰ってきました。
事故等なく、全員が、「満足感、成就感」を持って笑顔で・・・。
ここには、指導員の事前準備は勿論ですが、
校外学習中にて、
指導員が、日々研修し、実践している「合理的配慮」が、
きま細かに行われていたから・・・。
ある教室では、校外学習としと花火会、かき氷づくり、煎餅焼きなど・・・、
この際も、指導員が、子どもたちに対し、各子どもに、見合った合理的配慮を・・・。
声かけにしても、言葉一つ一つ配慮して・・・、
子どもへの寄り添い方においても、
「先生あっち行ってよ」と子どもが言った際、一度離れて、また子どものところに・・・
すると、子どもは、「先生、これ、どうやるの」と・・・。
不器用な子に対して、やってあげるのではなく・・・、
こう持ったら・・・、こうやったら・・。
落ち着きのない子には、
「あれ、見てごらん、何しているのかなぁ」と一声・・・。
一人ぼっちの子がいたら、満面な笑顔で近寄るのではなく・・・、
逆に静かな表情で近寄り、小さな声で「つぶやき的に」・・・、
「氷って冷たいよね、でもおいしそうだね、一緒に食べてみようか」・・・
などなど、心情的な「合理的配慮」をしている指導員が多々・・・。
これが、教育立県彩の国学舎くき学園の松陰なのです。
保護者の皆さま、
合理的配慮の意味、知っていますか・・・。
障害者の権利に関する条約における「合理的配慮」
(1)障害者の権利に関する条約「第二十四条 教育」においては、教育についての障害者の権利を認め、この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、障害者を包容する教育制度(inclusive education system)等を確保することとし、その権利の実現に当たり確保するものの一つとして、「個人に必要とされる合理的配慮が提供されること。」を位置付けている。
(2)同条約「第二条 定義」においては、「合理的配慮」とは、「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。」と定義されている。
「合理的配慮」の提供として考えられる事項
(1)障害のある児童生徒等に対する教育を小・中学校等で行う場合には、「合理的配慮」として以下のことが考えられる。
(ア)教員、支援員等の確保
(イ)施設・設備の整備
(ウ)個別の教育支援計画や個別の指導計画に対応した柔軟な教育課程の編成や教材等の配慮
(2)障害のある児童生徒等に対する教育を小・中学校等で行う場合の「合理的配慮」は、
特別支援学校等で行われているものを参考とすると、具体的には別紙2のようなものが考えられる。
(3)「合理的配慮」について条約にいう、「均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」についての考慮事項としてどのようなものが考えられるか(例えば、児童生徒一人一人の障害の状態及び教育的ニーズ、学校の状況、地域の状況、体制面、財政面等)。
以上のとおり、実際に合理的配慮がなされているでしょうか・・・・
公立小・中学校についての国、都道府県、市町村、学校・校長等の役割分担が規定されていますが・・・。
今、合理的配慮は義務であり、法で定められています。
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今の学校は・・・
[ゆとり]のある教育環境で[ゆとり]のある教育活動を展開する。そして、子どもたち一人一人が大切にされ、教員や仲間と楽しく学び合い活動する中で、存在感や自己実現の喜びを実感しつつ、[生きる力]を身に付けていく。
教育内容を基礎・基本に絞り、分かりやすく、生き生きとした学習意欲を高める指導を行って、その確実な習得に努めるとともに、個性を生かした教育を重視する。
子どもたちを、一つの物差しではなく、多元的な、多様な物差しで見、子どもたち一人一人のよさや可能性を見いだし、それを伸ばすという視点を重視すると・・・。
インクルーシブ教育の推進を国が推奨している中、実態は・・・。
県公立高校では、インクルーシブ教育を実践している高校(モデル校)があります。
教育立県彩の国学舎くき学園でも、インクルーシブ教育の知識を持って・・・。
保護者の方々、以上をお読みになって、どう感じますか・・・。
ある教室にて、友とかかわりが持てず、こだわりのちょっと強い(自分の思い通りにいかないと、プイッと外に出て土いじり・・・)ある生徒ですが、徐々に、心を開き、自ら心磨きをしている姿が見られるように・・・。
いつも、ある指導員がかかわりを持っているのですが、本日、別な指導員がこの生徒に指導を・・・、最初は嫌がって泣いていましたが、別な生徒が、その学びの場に入り・・・、学びの雰囲気が一転しました。黒板の問題を自ら、ノートに書き始め・・・、最後は、指導員に、テストつくって下さいと・・・。
最初は、個室で一人での学びだった生徒が・・・、ここまで変容するとは・・・。仲間の友が、つくっている学びの雰囲気から、その生徒は、何かを感じ、何かに気づいたのでしょう・・・。
まわりの子どもたち(心ある子どもたち)の影響・・・・。この教室の子どもたちも皆、最初は、こだわりをはじめ、いろいろな個性を持っていた子どもたちでした・・・、今思えば、子どもたち皆、大きく変容してきました。皆、将来を考えるという気持ちを持ってきたのです。日々、豊かな人間性のはぐくみを。子どもたち皆、学校で、学園でも、苦労の連続、苦労の山ばかりだったようですが、それら大きな大きな壁を乗り越えてきたのです。「凄い」の一言です。
時間はかかりましたが、本日のその生徒の姿を見て・・・、「変容」は、指導員次第(指導員の愛情の下、厳しくも心温かさを感じる指導支援、そして日々の工夫ある指導支援・・・・)と改めて感じました。
この夏休み期間中、どこまで変容し、成長していくのか・・・、非常に楽しみです。だから、このお仕事、辞められないのです。
ある教室では、ある児童が・・・一生懸命に先生と勉強をする、真剣に取り組む児童に気がつきました。
実は、ある児童は気持ちが落ち着かなかった一面もありましたが・・・一生懸命に取り組む児童の姿に心を打たれ・動かされ
「ぼくも、ああ、ありたい・・・」
そう考えて、「ぼくも、がんばるよ!」そう言うと、宿題を利用して難しい分数の計算に取り組みました。
自分のがんばりが認められ・・・その姿を、見た一生懸命に頑張る児童は
「一緒に頑張ろう!」
そんな、声かけをしました。そうすると、クラスの皆が声をそろえて・・・
「一緒に頑張ろう・・・」と、心が一つになりました。
そして、夕方・・・ある児童は、外遊びへと進んで出ないのですが・・・
他の子の姿をみて・・・ちょっと外へ出てみました。
皆で、鬼ごっこをしようという流れに
鬼ごっこ・・・運動が苦手な子は進んでやりたがりません。
何故なら、ずっと鬼のままになってしまう事が多いからです。
だから、合理的配慮では鬼が増えていったり・・・時間ごとにリセットして鬼を強引に交代したりします。
しかしながら、子ども同士の意見を尊重し・・・教師も子どもたちのルールに従って、鬼ごっこに参加していました。
鬼のまま・・・これも、嫌ですが・・・
子どもにとっては、気を遣われてタッチされないことも辛いのです。
しかし、始まってみるとそんな心配は不要でした。
子どもたちは、自ら感じ、考え、行動しました。
もちろん、運動が苦手な子もちゃんとタッチをされました。
しかも、逃げる仲間を簡単に捕まえることはできません。苦労した挙句・・・ちょうど、いいタイミングで
「◯◯くん、タッチ!俺が鬼やるよ!」
そう言いながら、足の速いB君へ笑顔でタッチが渡されました。
そうすると、B君はものすごい追い上げで・・・鬼ごっこがまた、良い展開に。
そして、約束の時間がやってきたので・・・鬼ごっこをやめて、片付けをうながすと・・・
運動が苦手な、ある子は・・・
「最後に、ここ(走って)往復していいかな?」
そう言いました。すると・・・仲間たちは、「じゃあ、僕も・・・」「僕も・・・」「わたしも・・・」
と、自然に全員一列に並び・・・
実を言うと、この中にはとても俊足の児童もいたのですが・・・
よーい、どん!と・・・スタートすると
いつもは、学校ではビリになってしまう子に・・・合わせて皆が走っているのです。
僕が一番と考えずに・・・皆で走ることの楽しさを感じたのです。
合理的な配慮がなされることで・・・
ちょっとした工夫や、気遣いのお陰で・・・
子どもたちは気づき、感じて
その中で、すくすくと成長するのです。
くき学園の職員は、この合理的配慮を研修し、自ら研究し、工夫して日々取り組んでおります。
合理的配慮とは、子どもを理解し、理解したことに配慮することで、子どもたちに安心感を与えて
その安心感の中で、大切な信頼関係を結び続けることができるからです。