ぬくもりを子どもへ伝える

子どもたちに関わる教育や福祉の現場において、私たちが何より大切にすべきことは、

機械的で一方的な指導ではなく、「血の通った指導・支援」であります。

血の通った指導とは、子ども一人ひとりの心に寄り添い、成長の可能性を信じながら真剣に向き合う関わりを意味します。

そこには温かさや厳しさ、時に忍耐を含んだ人間同士の交流が存在します。

その営みの中で育まれるのが「生きる力」であり、また人間性の根幹である「知・情・意」のバランスでございます。

 

生きる力の育成とその根拠

生きる力とは、単に学力や技能だけでなく、自ら考え、判断し、主体的に行動して社会を生き抜く力を指します。

この力は子どもたちが将来社会に出て、多様な人々と関わりながら自立して生きていくために欠かせないものであります。

文部科学省が学習指導要領において提唱しているように、

生きる力の根底には「確かな学力」「豊かな人間性」「健やかな体」が据えられています。

これらは相互に関連し、どれか一つが欠けても健全な成長にはつながりません。

特に現代社会は、情報過多、価値観の多様化、そして人間関係の希薄化が進んでおります。

そのような状況下で生きる力を育むことは、従来以上に重要であるといえましょう。

たとえば、困難に直面したときに冷静に考え、感情をコントロールし、前に進む意志を持てるかどうか。

その力を子ども時代に培っておくことは、社会での自立を可能にします。

生きる力の育成は決して一朝一夕で成し遂げられるものではありません。

日常の生活の中での小さな経験の積み重ね、

そして大人の真剣さが伝わる場面の積み重ねによって形作られるのであります。

 

知・情・意のバランスの取れた人間力

生きる力を具体的に支える要素が「知・情・意」のバランスです。

とは学びによって培われる知識や理解力、

とは他者への共感や思いやりの心、

そして・・・

とは困難に立ち向かう意志や主体性を意味します。

人間力とは、この三要素が調和することによってはじめて豊かに発揮されます。

知だけに偏れば冷たい計算に走り、

情だけに偏れば現実に流され、

意だけが強ければ独善的になる危険があります。

したがって、知・情・意をバランスよく育成することが教育や福祉の使命であります。

 

その根拠は、古来より人間教育の基本に据えられてきた哲学や倫理観に見いだすことができます。

西洋ではアリストテレスが徳倫理を説き、知恵と徳と実践を調和させる生き方を理想としました。

東洋においても論語に「知・仁・勇」が徳の基礎とされており、

知識と情愛と勇気を兼ね備えた人物が理想像とされてきました。

現代に生きる子どもたちにとっても、これらの教えはなお有効であり、教育の根拠として十分な説得力を持っています。

 

子どもへ大人の真剣さが伝わる瞬間の成長

子どもたちは、大人の言葉だけではなく、その姿勢や態度から多くを学びます。

大人が本気で関わるとき、その真剣さは必ず子どもに伝わります。

そして、その瞬間こそが子どもの成長の契機となるのであります。

たとえば、ある子どもが課題に挑戦することを途中で投げ出そうとしたとき、

周囲の大人が「まあいいか」と見過ごすのか、それとも「君ならできる」と励まし、最後まで伴走するのか。

その違いは子どもの心に大きな影響を及ぼします。

真剣に向き合う大人の姿勢を通して、

子どもは「自分は大切にされている」「期待されている」という実感を得ます。

この実感こそが、子どもの内に眠る可能性を引き出す原動力となるのです。

 

実際、子どもが失敗を繰り返しながらも最後に自分の力でやり遂げたとき、

その背後には必ず真剣に寄り添う大人の存在があります。

大人の眼差しや声かけの重みを感じた瞬間、

子どもは大きな成長を遂げ、次の挑戦へと踏み出す勇気を持つことができるのでございます。

 

血の通った指導・支援の実践に向けて

血の通った指導・支援を実現するためには、日々の関わりにおいて次のような視点が求められます。

傾聴すること
子どもの声を真摯に受け止め、言葉にならない思いにも耳を澄ます姿勢が必要です。

共感すること
子どもの立場に寄り添い、「わかってくれる大人がいる」と実感させることが成長の糧となります。

認めること
小さな努力や成果を積極的に評価し、自己肯定感を育むことが大切です。

褒めること
適切な場面での賞賛は、子どもに次の挑戦へのエネルギーを与えます。

これらの実践は単なる技法ではなく、大人の真剣さや人間性そのものが問われる営みであります。

血の通った関わりの中で、子どもは安心し、自らの力を発揮できるようになります。

そしてその積み重ねが、生きる力や人間力の育成へとつながっていくのです。

 

具体的な場面から見える血の通った支援

血の通った指導・支援は、日々の小さなやり取りの中でこそ表れます。

くき学園でも、子どもたちの特性や気持ちに寄り添うことで、

見違えるほどの成長が生まれる瞬間が多々ございます。

 

ある子どもは、学習課題に取り組むことを極端に嫌がり、

机に向かうと不安から涙を流してしまうことがありました。

そのとき大人がただ「やりなさい」と叱るだけでは、子どもの心には届きません。

職員はまず子どもの気持ちを受け止め、安心できる雰囲気を整えました。

そして「一緒に最初の一問だけやってみよう」と提案しました。

職員が横に座り、手を添えて伴走する姿勢を見せると、子どもは次第に落ち着きを取り戻し、

最後には自分の力で課題をやり遂げることができたのです。

このときの「大人が本気で付き合う姿勢」が子どもに伝わり、努力する喜びと自信につながりました。

 

また、ある子は友だちとの関わりが苦手で、遊びの中でつい怒りを爆発させてしまうことがありました。

職員はその都度「ダメ」と注意するのではなく、怒りの裏にある不安や言葉にできない思いに目を向けました。

怒りを表出した後、静かな環境で「本当はどうしたかったの?」と優しく問いかけると、

子どもは少しずつ自分の思いを言葉にするようになりました。

この繰り返しの中で、子どもは自分の感情を整理する方法を学び、

仲間と協力して遊べるようになったのです。

ここにも「共感」と「認め」が生きた支援がありました。

 

さらに、工作活動で自分の作品が思うように仕上がらず落ち込んでいた子どもに対し、

職員が「君の工夫は素晴らしいね」「ここまでよく頑張った」と伝えると、その子の表情は一変しました。

大人の一言が子どもの心を支え、挑戦し続ける意欲を育むことを、

私たちは数えきれないほど目の当たりにしています。

 

これらの事例に共通するのは、単なる技術やマニュアルではなく、大人が真剣に子どもと向き合う姿勢でございます。

子どもは大人の心を敏感に感じ取り、その温かさや真剣さを糧にして成長していくのです。

血の通った支援は、子どもの内面に「自分は大切にされている」という実感を根づかせ、

それが将来の自立や社会参加の基盤となってまいります。

 

ICT教育と血の通った支援の融合

近年、教育現場や福祉施設においてもICTの導入が進み、

タブレット端末やデジタル教材を活用する場面が増えてまいりました。

 

また、ICTは「個別最適化」を支える大きな力となります。

そこに大人が寄り添い、「よくできたね」「ここは一緒に考えよう」と声をかけることで、

デジタルとアナログが調和し、温かみのある学びが実現されます。

ICTだけに任せるのではなく、大人の真剣さが重なることで、血の通った支援が形を成すのです。

 

一方で、ICT教育やタブレット教材ばかりに頼りきってしまうことには大きなリスクもございます。

画面上での活動に偏りすぎれば、子どもが実際の人間関係を築く経験や、手を使って工夫する体験が不足する恐れがあります。

たとえば、鉛筆で文字を書く、ハサミを使って切る、

仲間と協力して一つの作品を仕上げるといった「身体性」や「協働性」を伴う活動は、

タブレットでは代替できません。

こうした経験を失うことは、将来的に人間関係の構築や社会生活に影響を及ぼしかねないのです。

 

また、ICTは子どもの集中を助ける一方で、

過度に依存すると「楽しい教材しかやらない」「画面がなければ学べない」といった傾向が生まれかねません。

さらに、ブルーライトや長時間使用による健康リスク、情報への受け身的な姿勢も無視できない課題です。

したがって、ICTはあくまでも「道具」であり、その使い方を見極める大人の判断力こそが不可欠でございます。

 

重要なのは、「人が主であり、ICTは従である」という原則を忘れないことであります。

ICTは子どもの可能性を広げる補助輪として活用しつつ、

その軸にあるのはやはり人と人の関わりであり、血の通った支援であります。

大人が温かく寄り添いながらICTを活かすことで、

初めて子どもたちにとって意味ある学びとなり、真の生きる力へとつながっていくのです。

 

そして、まずICTや教材のデジタル化よりも。

情報リテラシー(※1)を含めた、情報化教育です。

子どもたちに触れる以前に、その脅威も含めてしっかりと気づかせ、感じさせ、考えさせ、認識をさせたうえで

デジタル教材やICT教育の真髄があるのではないでしょうか?

 

やはり 今の時代だからこそ人間力の育成

私たち大人が子どもと関わるとき、最も重要なのは「人として真剣に向き合う」ことであります。

血の通った指導・支援を実践することによって、子どもは知識を得るだけでなく、

感情を豊かに育み、強い意志を持って歩んでいくことができるようになります。

未来を担う子どもたちのために、今を生きる大人が真剣さを持って関わること。

それが、生きる力の育成と人間力の形成に直結し、

子どもたちが自らの人生を力強く切り拓いていく原動力となるのです。

 

また、教育立県彩の国学舎 くき学園の子どもたちは・・・

この血の通った支援・指導によって、この熱意が伝わった子どもはみな、自信ある笑顔で返してくれます。

 


※ 情報リテラシーとは

「情報リテラシー(Information Literacy)」とは、
情報を探し、見極め、活用し、発信する力 のことを指します。

単に「パソコンやタブレットを使える」ことだけでなく、

必要な情報を見つけ出す

信頼できる情報かどうかを判断する

適切に整理して自分の学びや生活に役立てる

相手に伝わる形で発信・共有する

といった一連の能力を含みます。

背景

情報化社会では、インターネットやSNSから膨大な情報が流れ込んできます。
しかしその中には 正しい情報だけでなく、誤情報・フェイクニュース・偏った意見 も多く存在します。

そのため教育現場や福祉の支援現場では、
「ただ情報を受け取るのではなく、自ら主体的に判断・活用できる人を育てる」
ことが求められています。

具体例

子どもがインターネットで調べ学習をする際に、信頼性の低いブログではなく、公的機関や信頼できる出版社の情報を選ぶ。

SNSでの情報をうのみにせず、複数の情報源と照らし合わせて判断する。

調べたことをまとめ、友達や先生にわかりやすく説明する。

個人情報を不用意に公開しない。