子どもたちが豊かな人間力を育み、他者と支え合いながら生きていくためには、「思いやりの心」が欠かせません。
他人の立場に立って考えたり、困っている人に手を差し伸べたり、
喜びを分かち合ったりする心は、人生のあらゆる場面で大きな力になります。
しかし、この思いやりの心は、生まれつき備わっているわけではなく、
周囲の人との関わりの中で少しずつ育まれていくものです。
そして、その最も身近な「お手本」が、大人の姿です。
家庭、学校、地域、あらゆる場面において、大人がどのように他者と接し、
どのように感情を扱い、どのように違いを受け入れているか――子どもたちはその背中を見て学んでいます。
SNS社会が映し出す現代の人間関係
今の時代、私たちは日々、スマートフォンやパソコンを通して膨大な情報に触れています。
SNSでは誰もが気軽に意見を発信できる一方で、匿名性が高く、心ない言葉が飛び交う場面も少なくありません。
ある中学生の保護者は、「ネット上で他人を批判する大人の姿を見て、
子どもが『言いたいことは言っていいんだ』と誤ったメッセージを受け取ったのではないか」と話していました。
子どもたちは、言葉の影響力をまだ十分に理解していません。
だからこそ、まず大人が言葉を大切にし、たとえ意見が異なる相手であっても、
尊重しながら対話をする姿勢を示すことが必要です。
思いやりのある言葉は、心を開き、つながりを生みます。
それを体現することが、何よりの教育となるのです。
「見えないところでの親切」が子どもの心に響く
ある小学校での出来事です。朝の登校時、雨が降っていた日、
一人の保護者が校門前で立ち止まり、傘を持っていない子どもたちに「入るまで使ってね」と言って、
何本かの傘を手渡していました。
保護者同士の交流も少なくなっている今の時代において、
このようなさりげない優しさは目立たないものの、確実に子どもたちの心に残ります。
実際にその日、教室では「さっきの人、やさしかったね」「ああいう大人になりたいな」という声が聞かれたそうです。
この出来事からも分かるように、
子どもは大人の行動をしっかりと見ており、感受性豊かに受け止めています。
そして、その体験が、思いやりの種となり、やがて行動に表れていくのです。
家庭の中の「ありがとう」と「ごめんなさい」
思いやりを育む上で、日常の会話の中にある
「ありがとう」や「ごめんなさい」という言葉の大切さも見過ごせません。
家庭での何気ないやりとりの中で、
大人が感謝の気持ちや謝罪の言葉をきちんと口にすることは、
子どもにとって非常に大きな学びとなります。
例えば、親が子どもに「ありがとう。助かったよ」と素直に感謝を伝えたり、
「さっきは怒りすぎてごめんね」と謝ったりする姿を見ることで、
子どもたちは「人との関係には誠実さが大切なんだ」と感じるようになります。
思いやりとは、特別なことではなく、日常の中に宿る小さな気配りや真心の積み重ねなのです。
学校での関わりからも生まれる思いやり
学校は、子どもたちが人間関係を築きながら学んでいく大切な場です。
教職員が互いに協力し合い、温かく子どもたちに接している様子は、
そのまま子どもたちにとってのモデルになります。
ある中学校では、教員同士が挨拶を大切にし、「ありがとう」を言葉にすることを日頃から意識しているそうです。
その結果、生徒たちの間にも
「人のよいところを見つけて伝える」という雰囲気が少しずつ広がり始めたといいます。
ある男子生徒は、「先生たちが、だれかをほめてるのをよく聞く。
だから、自分もやってみようかなと思った」と話していました。
思いやりの連鎖は、自然なかたちで生まれていくのだと改めて感じさせられるエピソードです。
社会全体が「育ちの場」
かつての日本には、「近所のおじさん」「商店街のおばちゃん」といったような、
家庭や学校以外にも多くの“育ての手”が存在していました。
現代社会では地域のつながりが希薄になり、子どもが大人と関わる機会が減っている傾向にありますが、
それでもなお、社会は子どもを育てる場であり続けます。
スーパーで買い物をする時に店員にお礼を言う、電車で席を譲る、落とし物を拾って届ける。
そんな何気ない場面こそが、思いやりの種をまく機会となります。
そして、子どもが「大人ってやさしい」「世の中って温かい」と思えたなら、
それが将来、自分が他者に思いやりをもって接する原動力になるのです。
お手本とは「完璧な大人」ではなく「誠実な人」
私たち大人にできることは、完璧であることではありません。
むしろ、失敗した時に素直に認めたり、迷いながらも人に配慮しようとする姿を見せたりすることが、
子どもたちにとって何よりリアルで心に響くお手本となるのです。
「どうせ見てないだろう」「子どもには関係ない」と思わず、
一人の人間として、誠実に生きる姿を大切にしていきたいものです。
思いやりは、教えるものではなく、伝わっていくもの。
大人の在り方が、未来の社会をつくる子どもたちの心に、確かな種をまいていることを、忘れずにいたいと感じます。