「素直さ」「純粋さ」って・・・
3学期が始まり、最初の金曜日。
学園に登校してくる子どもたちは、
やっと学校が終わった・・・、
明日は休みだ・・・、
ゆっくり寝ていられる・・・
なんて言っている子たちがいました。
ある意味「素直」なのかなと感じました。
指導員は、この言葉を聞いたためか、
おやつタイムが終わった際に、
学校の大切さについてお話をしていました。
聞く態度は、非常に立派でした。
これも、ある意味「素直」なのでしょうか・・・。
本日、ある教室にて、指導員がお話をする際、
一人だけ集まらない子がいました。
理由は・・・。
最終的には、その子も話の場に来ました。
指導員は、「インフルエンザに罹った先生」について、
真剣にお話をしていると、
愚図っていた児童が一番真剣に姿勢良く聞いていました。
この児童は、この先生について、
何かを感じていたのでしょう。
何かに気づいたのでしょう。
また、涙ぐんでいる児童もいました。
この先生のことを・・・。
この話の後、児童皆、気持ちを切り替え、
真剣んな姿勢で学習に取り組んでいました。
子どもって、
本当に「素直」「純粋」・・・であることを改めて感じました。
ある教室では、来年の受験に向けて、
「今やるべきことは何かな」ということを子どもたちで話をしていました。
現中学3年生の姿、学びの姿勢等を見てのことと考えます。
ある指導員が、話をしている子どもたちのところで、
現中学3年生の苦労話を・・・。
子どもたちは真剣に聞き入っていました。
やはり、「素直」「純粋」・・・な心と改めて。
素直って・・・
性格によっては、自己主張が強い性格の子がいます。
子どもに「これはどう?」と尋ねると、
「嫌だ。別のものがいい」と強く主張することがあります。
こうした性格の子供のことを大人たちは、
「頑固」や「自分勝手」という言い方をします。
「もっと素直になりなさい」と叱ります。
しかし、考えてみましょう。ここが重要なのです。
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実は、これほど「素直な」こともありません。
人の目を気にせず、
ありのまま自分の気持ちを表現しています。
周りがどんな状況でも、自分の気持ちをストレートに表現している。
「素晴らしい素直さ」と考えますが・・・。
もし、ここで親が強引に「みんなに合わせなさい」と言い伏せると、
子どもは、自由な意見が言えなくなります。
では、どんな意見を言い始めるかというと、
「周りに合わせた無難な意見」を答えるようになります。
自分が選んでいるようで、
選ばされているという状態です。
「周りに合わせることがいいことなのだ」と勘違いするのでは・・・。
怖いですねよ。十分に気を付けることと考えます。
受検生において、
面接練習を、長期間やること、出来ること、
この心こそ、「素直」一語に尽きます。
毎年、受検生は、立派な面接を・・・
ご家庭でも、学校でも・・・、
十分に考えることではないでしょうか。
大人の言葉がけの際の留意点(子どもによっての語彙の数)
自分自身を振り返ってみて下さい。
親、学校の先生がしつけるとき、よく口にしがちな言葉があります。
「お行儀よくしましょう」です。
多くの親たちが、子どもに対して、
口にしているのを見かけます。
品行方正のある子どもに育ってもらいたい思いから、
親としては「お行儀よくしましょう」と言います。
しかし、言われた子どもはどうでしょうか。
おそらくとっさに理解できず、「ぼうっとする」はずです。
子どもの立場になって考えてみれば、理由はすぐわかります。
まだまだ、子どもです。ここが重要。
何が行儀よくて、何が悪いことなのか、よくわかっていません。
もちろんある程度の年齢になれば、まだ話は通じますが、幼い子供に対しては理解の難しい話です。
それは「行儀の善し悪し」をわかる年ごろになってから、通じる言い方です。
まだ、行儀の善し悪しがよくわかっていない子どもに、
何が行儀よくて悪いのかを議論するのは、早すぎます。
親、学校の先生がいくら「お行儀よくしましょう」と言っても、
子どもは何をどうすればいいのかわからない。
だから、困り果ててしまいます。
言葉を知らないのです。
語彙がまだまだ少ない子に対して、
十分に配慮してこそ・・・。
子どもに対して、子どもは皆違います。
個性・知性において皆違うのです。
このことを、大人がしっかり考えてあげてこそ、
子どもは、正しく成長していくのです。
保護者の皆さん、
我が子について、「素直さ」の視点で、
きめ細かに見てください。
トコトン、我が子を信じていきましょう。
我々教育立県彩の国学舎くき学園職員皆、
我が子意識を持って、日々、
子どもたちとかかわっています。
一緒に一緒に頑張って行きましょう。