日本も、今、
「インクルーシブ教育」を・・・。
従来的な学びでは・・・
以下、参考になれば・・・
保護者の皆さん、学校の教員、学園職員
是非、参考に・・・
新しい潮流
新しい「学び」
故越谷市斉藤宥雄教育長先生の講話
フィンランド教育
叙情詩(カレワラ)
Kalevalaの語り手(教師)
Storyteller 国民は教師を
Kansankynttila 人を導く人・尊敬の表現
世界一高い学力 フィンランドの子どもとその背景
2003 OECD 経済協力国際機構の国際的な学習到達度調査
読解力と科学的応用力 第1位
数学的応用力 第2位
問題解決能力 第3位
学習時間7才~14才(2001年調査)
総時間数加盟国中短い
学校外の学習時間もっとも短い
- 未来志向の学力像への志向 複合化流動化する社会を見通し、 21世紀に、必要とされる学力
習得した知識や技能などを「実生活の課題状況でどの程度柔軟に
応用できるか」ということを重視して査定している。
「パッと問われて答える力」よりも「少し時間をかけてよく考える力」を見る評価でもある。
この学力は査定に当たって、
抽象的な課題を(自分の生き生きと生活体験とは関係なく)、
抽象的に解決する力だけでなく、
実践のある生活体験から、
生まれた自らの経験を現実世界の課題へと、
応用する柔軟な力の評価である。
未来志向の学力観のフィンランドの鋭敏な対応である。
- 自己肯定感をはぐくむ学びあい
学習支援プロジェクト 2001-2004年
学力向上の背景と重要な要因
公正と平等―つねに教育優先の政策課題
教育条件にハンディキャップがあってはならない。
小~大学・大学院、授業料は原則無償
返還する必要のない奨学金制度
大学・居住手当や勉学手当を国から受けられる
その結果、生徒間、学校間、家庭環境などの違いによる学力の格差も世界一少ない。
Self-respect 自尊心(自尊感情)=成功÷願望
ローゼンバーク 自尊感情を測定する(アメリカ心理学者)
自尊感情尺度10項目
10問の肯定的な質問と否定的な質問に、
「いつもそう思う」
「ときどきそう思う」
「あまり思わない」
「まったくそう思わない」の4択で答える。
それぞれ4点・3点・2点・1点とし合計25点までが自尊感情が低い人。
26点以上が自尊感情が高い人。
- 自分に満足している
- ときどき自分はダメだと思う
- いくつか見どころがある点がある
- 友達と同じくらいいろいろなことができる
- 得意なことがあまりない
- 「役に立っていない」と感じることがある
- ほかの人と同じくらい価値ある人間と思う
- もっと自分を尊敬できたらと思う
- 何をやっても失敗するのではと思ってしまう
- 自分は前向きである
- 自分と他人を比べ評価している。自分を他人と比べてVery good と考える。
- 「人は人、自分は自分」―は、 つまり自尊感情が高い人。自分で自分の価値を見出すことができる人。
- 自尊感情は人格形成の基盤である。
子どもの自尊感情を育むのは、親の温かい心である。 真剣に愛情を持って叱り何が悪いかを説明する
叱るだけでなく子どもをほめること。 同じように何が良いのか説明しましょう。
- 自尊感情の先にあるのはやる気
つまり自尊感情があってこそ、やる気が芽生える。
- パブリックコメットメント(誓約・公約・公表する)
目標を設定させ宣言させる。ブーメラン効果、リアクタンス。
- 自分の意見や行動を他人から制限されたり、規制されたりしたとき
反発し、自分の意見に固執したがること。
特に反抗期の子ども2~3才ごろ、
12~17才ごろ、
親ばなれ―心理的離乳、精神的自立
- 学習性無力感
アメリカの心理学者マーティン・セリグタン(1942~)が提唱した概念。
回避できない厳しい状況に長期にわたって置かれると、
その状況を断ち切ろうとする行動がとれなくなる。
無力状態は学習によって得られるものだとした。
- 高い学力の背景には
- 公平・平等の実現―つねに最優先の政策課題にされてきた
- 「学び合い」を重視し、対話のある学びを重視していること。
フィンランドは社会構成主義という理念から多くの影響を受けている。
- 対話を重視する社会構成主義の学びは
学習の競争化よりも学習の共同化が目指されている。それは
学べば学ぶほど一人ぽっちになっていくような学びではなく
学べば学ぶほど友達が増えていくような学びである。
それは、「分からないこと」を恐れるような学びではなく、
むしろ「わからなさがわかる人」が賢い人でもあると考えられるような学び。
こうした出合いと対話のある学び合いへの志向が一人ひとりの学びを
促進する重要な要因になっている。
3つめは、学びにおける「安心と自由」の保障である。
フィンランドで人々が大切にしてきた「安心」は他者と共にありながら
自分は自分であって大丈夫という自己感覚に裏付けされている。
それは「やればできる」という強迫感覚のあるものではなく
「時間をかければできる」という時間的原理である。
フィンランドの子どもたちは
- 比べグセがつかない学びのシステム
- 脅しで動機づけられない学びのシステム
- 穏やかで地道な学びのシステム
を保障されてきたのではないか
それが自己肯定感をはぐくむ学びや、
生涯「自分探しのたび」として学び
につながり、
一人ひとりの人生のイメージの柔軟な構想力を構成している。
対話と討論の基礎集団としての学習グループ
学習グループを構築し活用するには
- 新学習指導要領との接点
・子どもの活用力を育てるための方法の1つ―レポート・発表・話し合い
・言語活動として全教科で活性化させる
・日本の子どもは学力があまりにも覚えるに偏し、活用力・発言力に問題、課題を残している
- 学習とコラボレーション (協同活動のほか・協働・協調活動)
コラボレーションCollaborationとは、
複数の人間が対話をとおして単独ではなし得ない、
あるいは単独ですることが、
困難な新しい意味や価値を創造する活動。
近年、コラボレーションの概念が学校教育にも導入されはじめている。
教育におけるコラボレーションは、
一般には協調学習(Collaborative dearning)と呼ばれ、
協調学習では従来の知識伝達型の学習と異なり、
生徒(児童)間のコミュニケーション(共有・共通)をとおして、
協同で学びを展開し、
知識の構築を行う活動で、
学び方研究の主流を占め、
全国・世界に展開されている。
- 学習観の変革によるコラボレート・ラーニングへの注目
学校教育に、
コラボレーションが重視されるようになったバック・ボーンには、
近年の学習観の変革による影響が大きいというべきであろう。
これまでの学習観では、
基本的に学習者はひとりで学ぶものであり、
教師と生徒(児童)=学習者との関係は、
知識を伝達する側・される側という一方的なものであった。
また、学習者には予め、
学習目標や内容が決められており、
新たな価値や意味の創造は必要とされてこなかった。
しかしこのような学習方法の問題点が、
さまざまな形で指摘されてきている。
例えば、
これまでの学習観では学びが他者と知識の分かち合いや
他者との協力によって成立してきたという側面を見過ごしている。
人の有能さは、
本来社会的な状況や文脈の中で発揮され、
個人が共同体との協調関係を構築していく中で構成されるものだが、
学校教育では、
これらの社会的文脈や文化的な共同体性を切り離してきた。
これまでの学習観の再考を促すような知見も、
近年になって多く知られるようになった。
古典的な研究者としてロシアの心理学者、ヴィゴッキーの研究が挙げられるだろう。
(この研究はフィンランドの教育の源流でもある)
ヴィゴッキーは、
発達における他者の重要性を指摘したことでも知られている。
人は自分より有能な他者に手助けされることによって、
自分ひとりで遂行する領域を増やしうる。
ヴィゴッキーは、
これを「最近接発達領域」と名づけ、学習論に大きな影響を与えた。
心理学のみならず文化人類学的研究においても、
学びの社会的な側面が指摘されている。
代表的な知見としては、
アメリカの文化人類学者ジーン・レイブらによる「正統的・周辺参加論」があげられる。
レイブらが指摘するのは「参加を通しての学習」である。
人は何らかの共同体に参加することを通して、
自己のアイデンティティを確立しながら一人前になっていくのであり、その過程そおのものが学習なのである。
このように学びとは本来社会的で、互恵的なものである。学びとコラボレーションは切っても切り離せない関係がある。
- 協調学習に基づく授業デザイン
実際の教育の場面でコラボレーション(協調学習)を重視した授業を行うためには教師や子どもには何が求められるだろうか。
○第一に重視されるのは「学習者中心型」の授業設計である。
学習者中心型とは、
学習者の主体性や能動性を重視する学習スタイルのことである。
子ども間のやりとりからの学びを重視する強調学習においては、
教師は決まった知識を伝達する指導者ではなく、
学習者の知識の構築を促進し、
グループの活動を支援する、
支援者として位置づけられる必要がある。
同時に学習者には、
その中で自分から主体的・自発的に学ぼうとする力が必要とされる。
学習対象についても、
パッケージ型(包装・荷造)の教材ではなく、
子ども間の主体的な活動や分業、
学びに対する自らの主体的な意味づけを可能にする教材の利用が期待される。
○第2に重視されるのが、
広義の「体験的学習」を重視した授業デザインである
例えば、
インターネットを利用した探索的な学習や、
博物館や美術館・地域コミュニティあるいは専門家集団を巻き込んだ学習といったものが挙げられる。
体験学習においては、
自分を含めた身近で多様な学習リソースresouce(資源・財源)を対象化し、
対象に疑問を投げかけたり、
学んだ成果をまとめたり表現したりすることで、
体験を通して学んでゆくことが期待されている。
- 学習者中心型授業や体験の重視は、 協調学習(コラボレーション学習)の特徴ではあるが、 これらの学習は場合によっては学習者の自己満足のみで完結してしまう可能性がある。
- 単なる体験ではない学びを促進するためには、 その体験をそれぞれ振り返ったり、他者から批判的な検討を受けたり、 他者に批判的検討を加えるといった相互の内省、 再吟味(reflection)リフレクションといった知的な営みが必要である。
- このような内省を、 いかに偶発的かつ誘導的に学習者に促していくかも授業デザインや教師の役割として重要と考えられる。
最近では、
内省や支援するメディアとしてコンピュータの役割も期待されている。
―(指導案の項目に支援について)みられる。
- コラボレーションを活かした指導法
教室への集団活動の応用には、
a単独の集団内におけるやりとりに注目するものと
b集団間のやりとりも含めた効果を狙うものがある。
前者aはクラスをいくつかの小グループに分割し、
その小集団活動を単位とした授業によって構成されることが多い。
これらはグループワーク、プロジェクト型学習などproject(研究・事業などの計画)などと呼ばれる。
後者bはタイプはさまざまであるが、
プロジェクト型学習の一形態として教室外の専門家や地域コミュニティーとの連携を図る方法がある。
専門家集団と連携することで、
より学習者としてリアリティのある「本物」の学習を目指そうというものである。
- 集団間のやりとりによる効果を狙うもう一つの方法として、 代表的なものにアメリカの社会心理学者エリネット・アロンソンが考察した「軸ソー学習法」がある。
ジクソー学習法は、
課題の分割と集団の分割を利用した学習方法であり、
学習者相互の協力的な相互依存関係を成立させる点に特徴がある。
グループ活動を促進するためにどのような指導法を採用し、
どのようにそれを実現していくかは重要な論点がある。
- コラボレーションの学習効果と影響
実際にコラボレーションを導入して学習をすると、どのような効果が期待できるのであろうか。
その評価は肯定的な側面と否定的な側面の両面から検討する必要があると考える。
第一に肯定的側面として指摘されるのは
- メンバー間での意見のやりとりによって得られる相互の認知的な学習効果である。
- 共同活動を営む上で必要とされる、社会性、協調性、共感能力の育成である。
アについて学習効果として代表的なものにブラウンらの研究があげられる。
ブラウンらは、学習者相互の学び合いにおいて、
相手を説得したり他者に教えるといった営みを相互教助(Reciprocal teaching)と呼び、
理解の深化における有効性を指摘している。
また質問や説明といった行為をとおして、
他者に対して話したり、
書いたりすると言ったような行為そのものが理解に、
重要な役割を果たすという指摘もされている。
- 自分の体験や知識を、 頭の中から外の世界に表現し(外化)、 外化したものを対象化し、 複数人の観点で吟味しあうことでより高度な理解深化がなされる可能性がある。
このようなやりとりを「建設的相互作用」と呼んでいる。
イについて社会性や共感能力の育成についても多くの指摘がある。
- 協調学習に参加することによって、学習への動機づけが高まる。
- 協同的行為を通して相互の信頼感や社会的なコミュニケーション・スキルを獲得しうる効果が指摘されている。
一方ネガティブ問題も多く指摘されている。
例えば、集団内の社会的手抜き(ただ乗り)と呼ばれ現象がみられる。
「社会的手抜き」とは個々のメンバーの課題への動機づけがグループの条件において、低下する現象を指す。
社会的手抜きが集団内で生じることで、
集団での課題遂行のパフォーマンスperformance(すべての表現活動の総称。演劇・音楽など既成の様式に当てはまらないあらゆる表現、
日常の自己顕示の意味)が低下する問題も指摘されている。
さらにまた、
グループ内の雰囲気に流されて少数の個人意見を発言・反映できなくなる集団同調の問題も指摘されている。
このような集団活動はプラスの効果も多い反面、常に心してかからなければならないのは、
集団と個人の関係が常に問題となる。
メンバーがその一員として協調しつつ、
個人固有の考え方を集団で自由に発言できる雰囲気づくりや、
学習環境構築の重要性についても指摘されていることを注意すべきである。
資料4
「話し合い活動」
「話し合い」が生きる授業づくりの三つの問い。
信州大学教授 藤森裕治
△なぜ必要か
△「話し合い」とはどんな「話し合い」か
よい発言数 多くないむしろ静かである
なごやかな中に次の三つの事柄が守られている。
- 公平、対等の関係で互いにつながっている。
フィンランド<公正と平等>
参加者全員がかかり方が(公平・平等)であるばかりか温かい安定感がある。
- なんのために話し合うのかという目的がしっかりとらえられている。
- 力を合わせて結論を出したり、知識を豊かにしようという自覚でつながっている。
- 級友の言葉を受けとめていること
よい話し合いでは、
「さっき…○○さんが…と言っていましたが」という発言が多い。
さらに高度な話し合い。司会者以外の参加者が、
これまでの意見をまとめると、大きく3つになります。
1つは… 2つは… 3つは…。
- テーマやルールについてブレないこと
よい話し合いはテーマやルールについてしっかりと共通理解がなされておりブレがない。
よくみると、話し合いの中心になっている子どもはさることながら、
フロアー(聴衆)とにそれを見ている子ども達も猛然に頭を回転させている。
今くり広げられている「話し合い」を追いながら論旨に矛盾はないか、
話題についてどこまで深まったのか、
対立意見の共通点はどこかなど忙しく考えているのである。
「話し合い」学習の難しさを克服するにはどうしたらよいか。
高学年(中)には無理だ 議論するのが苦手
話し合いを取り入れる意義は認めるが評価の仕方がよくわからない
・所詮、フロアの子ども達が教材を通して何を学ぶかにある。
今行われている「話し合い」の上手、下手ではなく、
話し合いによってどんな目的が遂行され、
どこに合意がみられたのか、どう学び、どうみつめとるか、共同体の力である。
集団を一つの人格とみなし、
自己評価を育成することである。
自己評価力とは「話し合い」に自分はどう参加しているかを考察する力である。
子ども達は数多く「話し合い」を経験する(当事者)ことによって決まる。
子ども達が言語生活の一部として、あたり前に行うようにしたい。
どうでしょうか・・・
教育への考え方、学びへの考え方・・・、
自分の甘さ(如何に自己満足指導であったか)、
気づいていただけたでしょうか・・・。