子どもの言動、
子どもの嘘、偽りに対して・・・
本日、改めて感じたことは、
指導者たる者、子どもの嘘、偽りをとがめるだけでは・・・・と。
時には、騙されることも・・・、大人として演技も・・・。
子どもに、嘘をついたことを・・・、偽ったことを・・・・、
悪いことだと気づかせてこそ、感じさせてこそ・・・、
教育であると・・・。
よく家庭でも、学校でも、
悪さをした時、
嘘を言い続けた時、
偽りを通しているときに、
子どもに、無理やり、認めさせ、謝らせる場面を多く見てきました。
これで、よい方向に向けて立ち直る子もいますが・・・、
大人の自己満足指導で終わっていることも多々ありました。
子どもに、真の善悪の判断力を身につけさせるには、
子ども自身が、
気づいてこそ、感じてこそと、
本日改めて感じたところです。
ある児童が、嘘をつき、偽り続け、
でも、ある指導員が、話を温かなメンタルで傾聴し・・・、共感をし・・・、
話していると、急に泣き出し、
先生、「うそ」ついていたのと・・・。
その後、落ち着き、指導員と子どもの会話が、
笑顔の下、すべてが明らかに・・・。
これこそ・・・・。
子どもがウソをついたときにかける
効果的な言葉とは・・・
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「どうしたの?」 魔法の言葉
小さな子どもがウソをついたとき、
まずは「どうしたの?」と声をかけてみるということが・・・。
ものを壊して、それを隠していたら「どうしたの?」、
約束を守れなかったら「どうしたの?」と・・・。
極端なたとえですが、たとえ友だちの玩具を盗んだとしても「どうしたの?」。
すべては、ここから話しかけるのです。
もちろん、
「ダメなものはダメ」
「ウソはつくな」ということをしっかりと指導するのは、
「教育の基本」であり、社会に出ていく上で不可欠なことです。
だからこそ、
その前に一度、
「君は素晴らしい子なのに、そんなことをしちゃって、いったい『どうしたの?』」と、
そっと肩に手を置いてあげることが、
まだ小さな子どもの心には必要なのです。
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すると、子どもの表情は変わります。
この大人は、もしかして自分のつらい気持ちや、
困惑した気持ちを聞いてくれるのかもしれない。
その安心感を持つことで、
はじめて、親や先生からの指導を素直に、
そして、あたたかい気持ちで心にとどめることができるのです。
昔の私の経験の一つですが・・・。 参考になれば・・・。
スーパーなどで万引きをした子どもを、
警察署まで引受人として迎えに行ったことがありました。
もちろん、本当はその子の顔を見るなり、
怒鳴ったり、ぶったりしたくなるほどの衝動がわきおこります。
しかし、それを抑えて、子どもにかける言葉は、
まずは「〇〇くん、どうしたんだ」「一体どうしたの」という声かけを・・・。
警察官の方に「先生は甘いな、だからダメなんだ」と思われたかも・・・、
逆に、先生のやり方(教育的手法)は違うと思われたかも・・・。
親代わりに引き受けに行った私が、
まずは、子どもの肩を持たずして、
いったい誰が彼のやるせない心、ヤケになってしまった心を救うのでしょうか・・・。
こう考えの下・・・。
それから時間をかけてゆっくり話し合い(正座で、正対して、太ももにある手を握り、
そして厳しい指導教育を重ねていき、
それを一生の記憶として、きちんと定着させ、更生させるためにこそ、
まずは「私はあなたの味方である」ことを思わせる必要があるのです。
子どもの「敵」としていくら非難・説教をしても、
逆効果であることは明白なのでは・・・。
「どうしたの?」という大人の声がけが、
心を閉じた子どもにとって、いかに心を開くきっかけに・・・。
やはり、「魔法の言葉」なのです。
保護者の皆さん、学校の先生方、日々の生活の中で・・・、
自己満足的しつけ、自己満足指導をしていないでしょうか・・・。
子どもに、表面的な寄り添う言動をしていないでしょうか・・・。
子どもの心理を考え、温かなメンタルを持って・・・、
「あなたの見方だよ・・・」と、
「あなたのことをいつも見守っているよ・・・」と、感じさせてこそ・・・。
子どもは、まだまだ子どもです。
子どもの心を大事に・・・・。
これでこそ、人間形成、人格の完成につながるのでは・・・。
教育立県彩の国学舎くき学園では、
どの職員も、
「どうしたのかな」「どうしたの」と・・・。
保護者の皆さん、
親としての我が子への声かけに留意し、合理的配慮の下の声かけを
是非・・・。
明日は、文化の日、その後、週休日
3連休です。
教育立県彩の国学舎くき学園では、
各教室、いろいろなことを考えているようです。