「どうしたのかな」は、魔法の言葉

子どもの言動、表情・・・

 

本日、ある生徒が、何もせず、机に向かい、静かにしているとき、

ある指導員が、「どうしたのかな」と、笑顔で声をかけ、

ちょっと、付き合ってよと言って、別な部屋に・・・。

そして、黒板に問題を書き、「やってごらん」と・・・。

1+2+3+4+5+6+7+8+9 

素直に順番に足していってようで・・・、

それもいいけどね、端の数と端の数を足してごらんと、一言だけ。

すると、その生徒は、「あっそうだ」「簡単だぁ~」と・・・。

 

それでは、次に、面白い数があるよと、一言、言って、

それはね、「1」と「0」だよと・・・。

1×鉛筆=  1×ペン=  などを。

0×鉛筆=  0×ペン=  などを・・・。

その子が、数学って、「面白いね」と言ったのです。

指導員が、じゃ、めちゃむずい問題やるよと・・・。

0÷2=  2÷0=   

このように、興味を引くような工夫が・・・。

 

最後に、受検生も間違えやすい問題だよと言ってから・・・、

2a−a=  3a−a=  4A−A=  5A−A=   

なんて、繰り返しやってみると、

「そうなんだ」と・・・。笑顔を見せてくれました。

 

更に、中間テストを終え、「やることがないよ」と言うのです。

その指導員は、通知表のことを・・・、

評定が「3より4の方がいいよね」、じゃ、4をもらおうよと・・・。

その生徒は、「えっ」という表情を・・・。

ここから、この生徒と指導員の対話が・・・、

非常に弾んだ言葉のキャッチボールに・・・。

この生徒は、満面の笑みで帰って行きました。

帰り際、今日は、ありがとうございましたと・・・。

やはり、これも、「合理的配慮」のひとつです。

これが、教育立県彩の国学舎くき学園のやるべきことと考えています。 

実際、職員皆、「合理的配慮」を十分理解し、実践しています。

 

保護者の皆さん、学校の先生方、再度、

合理的配慮って、考えて見てください。

 

 

 

また、改めて感じたことは、

指導者たる者、子どもの嘘、偽りをとがめるだけでは・・・と。

時には、騙されることも・・・、大人として演技も・・・。

 

子どもに、嘘をついたことを・・・、偽ったことを・・・・、

悪いことだと気づかせてこそ、感じさせてこそ・・・、

家庭教育、学校教育のあるべき姿、

教育の基本では・・・。

 

 

よく家庭でも、学校でも、悪さをした時、

嘘を言い続けた時、偽りを通しているときに、

子どもに、無理やり、認めさせ、謝らせる場面を多く見てきました。

これで、よい方向に向けて立ち直る子もいますが・・・、

大人の自己満足指導で終わっていることも多々ありました。

 

 

子どもに、真の善悪の判断力を身につけさせるには、

子ども自身が、気づいてこそ、感じてこそと、

重要なのでは・・・。

 

ある児童が、嘘をつき、偽り続け、

でも、ある指導員が、話を温かなメンタルで傾聴し・・・、共感をし・・・、

話していると、急に泣き出し、先生、「うそ」と言ってきたのです。

その後、落ち着き、指導員と子どもの会話が、

笑顔の下、すべてが明らかに・・・。

これこそ・・・

子どもがウソをついたとき、

  かける効果的な言葉

「どうしたのかな?」は、魔法の言葉

小さな子どもがウソをついたとき、

まずは、心温かさをもって「どうしたのかな?」と

声をかけてみるということが・・・。

ものを壊して、それを隠していたら

「どうしたのかな?」、

約束を守れなかったら、

「どうしたのかな?」と。

 

極端なたとえですが、

たとえ友だちの玩具を盗んだとしても「どうしたのかな?」。

すべては、そこから話しかけるのです。

 

もちろん、「ダメなものはダメ」

「ウソはつくな」」ということをしっかりと指導するのは、

「教育の基本」であり、

社会に出ていく上で不可欠なことです。

だからこそ、その前に一度、

君は素晴らしい子なのに、

そんなことをしちゃって、いったい『どうしたの?』」と、

そっと肩に手を置いてあげることが、

まだ、小さな子どもの「心」には必要なのです。

すると、子どもの表情は変わります。

子どもが、「この大人は、もしかして自分のつらい気持ちや、

困惑した気持ちを聞いてくれるのかもしれない」と。

そして、「安心感」を持つことに、

はじめて、親や先生からの指導を

素直に、

そして、あたたかい気持ちで、

「心」にとどめることができるのです。。

 

 

 

昔の「私の経験」の一つですが・・・  

参考になれば・・・

スーパーなどで万引きをした子どもを、

警察署まで引受人として迎えに行ったことがありました。

もちろん、本当は、その子の顔を見るなり、

怒鳴ったり、ぶったりしたくなるほどの衝動がわきおこります。

しかし、それを抑えて子どもにかける言葉は、

まずは「〇〇くん、どうしたんだ」という声かけを・・・。

警察官の方に「先生は甘いな、だからダメなんだ」と思われたかも・・・、

逆に、先生のやり方(教育的手法)は違うと思われたかも・・・。

親代わりに引き受けに行った私が、まずは、子どもの肩を持たずして、

いったい誰が彼のやるせない心、

ヤケになってしまった心を救うのでしょうか・・・。

こう考えの下・・・。

 

これから時間をかけてゆっくり話し合い、

そして厳しい指導教育を重ねていき、

それを一生の記憶としてきちんと定着させ、

更生させるためにこそ、

まずは「私はあなたの味方である」ことを思わせる必要があるのです。

子どもの「敵」としていくら非難・説教をしても、

逆効果であることは明白なのでは・・・。

 

「どうしたのかな?」という大人の声がけが、

心を閉じた子どもにとって、いかに心を開くきっかけに・・・。

「魔法の言葉」なのです。

 

 

保護者の皆さん、学校の先生方、日々の生活の中で・・・、

自己満足的しつけ、

自己満足指導をしていないでしょうか・・・。

 

子どもに、表面的な寄り添う言動をしていないでしょうか・・・。

子どもの心理を考え、温かなメンタルを持って・・・

「あなたの見方だよ・・・」と、

「あなたのことをいつも見守っているよ・・・」と、感じさせてこそ・・・。

子どもは、まだまだ子どもです。子どもの心を大事に・・・・。

これでこそ、人間形成につながるのでは・・・。

 

学園では、どの職員も、「どうしたのかな」「どうしたの」と・・・。

子どもの「心」を第一考えているのです。

 

保護者の皆さん、

「今」を

大事にしましょう。

一緒に一緒に。

頑張りましょう。