本日、保護者の方、ある小学校の校長先生と話し合いを・・・。
今の時代、子どもへのしつけ、指導支援の難しさについて、
家庭でも、学校でも、苦労しているようです。
人間形成、人格の完成・・・、
生きる力の育成、
豊かな人間性のはぐくみ
などなど言われていますが・・・。
机上論では・・・
保護者、学校教員、学園職員皆、
我が子意識を持って・・・、寄り添い、心を揺さぶり・・・、
心温かさをもって、しつけ、指導員支援を日々行っています。
我が子への愛情の注ぎ方において、
留意してほしいこと:考えてほしいこと
真の愛情と過干渉・過保護は違います。
十分に、保護者の皆さん、学校教員、学園職員、わが身を振り返りましょう
過干渉と過保護
大切なわが子のために、
親が子どもに「何かしてあげたい」
「辛い思いをさせたくない」と
思うのは自然なことですよね。
しかし、それが度を超すと“過保護”や“過干渉”になってしまうのです。
「過干渉」は、子供の意見を無視して行動や考えを極端に制限することを指し、
「過保護」は、子供の意見を尊重するものの甘やかしすぎる、という明確な違いがあるのです。
別な視点で言うと・・・
「過保護」は、子どもが望んでいることをやってあげすぎること。
「過干渉」は、子どもが望んでもいないことを親が先回りしてやりすぎること。
過保護の意味:過保護な子育てはどんな状態・・・
親が、子どもの面倒を必要以上に見ること。子どもが望むことを親が過度に受け入れ、やりたいようにさせてあげたり、子どもが失敗しそうなことは親が前もって手伝ってあげたりします。
ある程度の年齢になれば、身の回りのことは自分でできるようになります。しかし毎朝、子どもの着替えを手伝ってあげたり靴を履かせてあげたりすることなどが該当します。
また、おもちゃ屋などで「買って!」と駄々をこねる子に対し、さほど抵抗を示さず買い与えてしまうのも過保護にあたります。
失敗や挫折といった経験を先回りし回避してあげれば、
親は子どもが悲しむ姿を見ずに済みます。
子どもの望むことをさせてあげれば、
親は常に子どもの笑顔を見ていられます。
そこには「かわいい子どもの要求を拒否して子どもに嫌われたくない、嫌な思いをさせたくない」という気持ちが働いていると考えます。
親が子どもの望みに反する行動をとれば、
子どもは泣いたり怒ったりして抵抗することもあるでしょう。
これはしつけ(家庭教育)をしていれば、日常的に起こる光景です。
一時的な衝突で子どもが親を心から嫌いになってしまうことはありません。
過干渉、過干渉は、
子どもの自立の芽をつぶしてしまう・・・
「・・・でなければならない」といった考え方の「規範は強い」ことが・・・
更には、不登校、引きこもりにも影響が・・・
また、愛着障がい、更には、発達障がいにも・・・
悪い連鎖が・・・、非常に怖いですよね。
過干渉とは、過剰干渉のことで、子どもが自分の判断で考えて悩んで行動するところを、親が先回りしすぎることで子どもが自発的に何かをする芽をつぶしてしまうのです。
それでも親が良かれと思ってあれこれと手を出し口を出し続けてしまうと、「過保護にする」とは対照的に、いつまでも親に依存して自立が遅い子どもになってしまいます。
過干渉な親の心の奥に潜むのは、「子どものため」という思い以上に、「親の思い通りに子どもを育てたい」というコントロール願望かもしれません。子どもに対して熱心な人ほど陥りやすく、自分では気づきにくいのです。
子どもの時間割を毎日親が率先して用意する。
子どもの友達を親が選ぶ。
子どもの進路や就職先を親が勝手に決める。
干渉は、子育てをしている以上必要なことですが、
子どもの自立の芽を摘むようなことになる過干渉には気を付けたいですね。
教育立県彩の国学舎くき学園としては、
何もかも、人が先回りすることなく、失敗もたくさん経験させて、助けを求めてきたときに、手をさっと差し伸べられるような教育を・・・。
これって、日々、子どもの言動を見ていなければ・・・、非常に大変ですが、学園職員は、大変と一切言わず、子どもの変容のためと・・・、頑張っています。
多少のリスクは・・・、勿論、十分に配慮、合理的配慮、考慮、きめ細かな観察・・・
保護者の皆様、真の愛情・・・、過保護と過干渉について
考えて頂ければ・・・。
我が子への接し方、かかわり方を・・・。
是非、是非に・・・
頑張っていきましょう・・・。
規範意識の改善が、重要だと考えます。
更に、親自身(学校教員、学園職員)が、
「自己受容:あるがままの自分を理解し認めたうえで、
すべてを受け入れること:
あるがままの自分とは、いいところも悪いところもすべてひっくるめての自分のこと」、
非常に大事だと考えます。
やはり、ある意味、大人の責務ですね。
大人の自己満足では、ダメということですね。