個性、特性の理解を・・・

子どもたち、どの教室も、本当によく机に向かいます。

 宿題は勿論、復習・予習を・・・、関わり(子ども自身がやりたい教科)学習を・・・。

これほどやっていても、勿論、個人差は出ます。

当たり前です。子どもも皆、個性・特性が違うのです。

 

できた時の笑み・・・、

昨日やったけど忘れちゃったときの表情(照れくさそうな笑み)・・・、

ともに、成長の一歩と考えます。

 

 保護者の皆様も、ちょっとの成長(スモールステップ)を・・・、

テストの結果だけを見て判断するのは、危険です。

子どもの心理を考えましょう。

 

 たとえ、悪い点数でも、答案用紙を見るといろいろ書いてあるのです。

「ここ、きちんと書かれているね」と・・・。

これでいいのです。次につながる声かけが大切なのです

 

 

絶対に言ってはならない言葉:

いつのなったらできるようになるの・・・、

なんでいつのそうなの・・・、

ほんとにまじめに勉強しているの・・・、

何、この点数・・・、

こんな点数恥ずかしくないの・・・、

情けないわね・・・、

 

更に、ある生徒は、点数が非常に悪かったにも関わらず、指導員に見せに来るのです。

この行為、これから「頑張るから」という意志の表れと考えます。

指導員としてもこの子のためにと、改めて・・・。

 

野の花・・・、時期が来て自然と・・・、自分から・・・

準備万端ととのって、やむにやまれなくなって蕾を破って外に咲き出すのが花である。

江戸幕府の学問所である昌平坂学問所の総長を務めたという佐藤一斎の著書『言志録』からの言葉です。

花とは、一人一人の持っている‘よさ’と考えます。

‘よさ’は人生の得意技とも言えます。

佐藤一斎は、

自然の時期が来たとき、内側から満ちるように外に漏れ出るのが、

その人の持つ本当の美しさと言います。

実際に、野の花も誰かに褒められて咲いているのではなく、時期がきて自然と咲くのです。

私はこの言葉に触れると、子ども達の成長を連想します。

種か双葉のうちに早く咲こうとしても、その子、独自の花(よさ)は咲きません。
肥料のやり過ぎや、一方通行の過剰な期待は禁物です。

子どもは、人形・ロボットではありません。

子育てについては「育てる」という視点だけでなく、

  子どもは内に「育つ」力を秘めているという視点も大切に感じます。

 

本学園では「生徒一人ひとりの‘よさ’を見つけ、認め、伸ばす教育」の実現に向けて努力しております。

そして、「目指せ社会人」を目指した授業の実践と体験活動を充実させて、

子ども達の‘よさ’を伸ばし、気づかせ、感じさせ、「自立」に向け育んでいます。

 

勿論のこと、保護者様のご理解・ご協力そしてご支援、

各家庭での我が子へのしつけがあったからこそ、今のお子さまの成長があるのです。
これからも、「継続は力なり」

1回でダメなら2回、3回・・・7回でもいいじゃないですか・・・。

子どもが嫌がらずにできるよう、工夫を・・・、よい発想の下で・・・。

 

一日一日、一時間、いや30分でも、大切にし、小さな成長に繋がります。

是非、心温かさをもった毅然とした心、

そして温かく包み込み見守る心をもって、

今まで培ってきましたものに、磨きをかけていきましょう。

 

< 保護者の皆さま、今こそ出番です>
更なる躍動のために

~晴れ晴れとした心で前向きに歩ませましょう~

・お子さまの将来を展望し、自立に向けて、今、何をすべきか考えさせる

・将来、自分自身が働くことを、心に植え付けて、体にしみこませる

・毎日、小さな目標を立て、クリアさせる(自分の夢が見えてきます)

・得意分野を伸ばし、長所を見つけて伸ばし、自信をつけさせる

・チャレンジャー精神で、いろいろなことにアタックさせる

 

子どもは、我々大人の言動・・・、

更には、心まで見抜いていますよ。

十分に留意しましょう・・・。

 

ある教室での出来事です。

室内運動場で、子ども、指導員が、笑顔でサッカー? 鬼ごっこ?をやっていました。

心の豊かさのはぐくみをすごく凄く感じました。

指導員は、息ハァハァ・・・、でも満面の笑みが。

この指導員の姿を子どもたちは見ているのです。

子どもたち、何かを感じているでしょう・・・。

教室に戻り、責任者の指導員のお話・・・。

これを繰り返しいるからこそ・・・、人間形成に。

 

ある保護者との話で・・・。まずは、深い深い愛情を感じました。

更に、話の途中・・・、満面の笑みが・・・。

親として、前向きに見つめ直しているように思えました。。

この笑顔をあるってことは・・・、

指導員として、「安心感」「大丈夫だ」という思いが、

すごく湧いてきました。

いくつか事例を挙げた際も、真剣に・・・話を見ていました。

ここでも、指導員の話を・・・、我が子のために生かそうという、

前向きさも感じられました。

理想的な、模範的な保護者と言えます。

今後も、家庭・学校・学園の三者総体で・・・、

よき連携こそ、

我が子のよりよい変容に繋がるということを感じてくれたことでしょう。

 

 また、ある保護者からは、うちの子、登校渋りで・・・、不登校気味なのですが・・・、

という相談を受けました。

この2学期に入り、こういう相談が非常に多いのが現実です。

 特に、受験生が、この時期になって・・・。

でも、諦めてしまったら、そこで終わりですよね。

 今日の保護者との話も、まず、保護者の話を真摯に受け止めて聞き・・・、

学園としての話を・・・。

理論理屈ではなく、事例をたくさん話しました。

うちの子も、「大丈夫かしら」という表情に・・・。

学園は、学園に足を向けてきたことは、相当の思いで・・・、

その思いに応えられるよう、いろいろな手で・・・、いろいろな手法で・・・、

子どものために・・・。

これが、学園の存在意義でもあり、存在価値であると心の中で改めて・・・。

教育立県彩の国学舎の職員として、トコトン応援、支援、指導していきます。

繰り返しますが、よくぞ、相談に来てくれました。

一緒に一緒に、頑張りましょう。

下記、参考になれば幸いです。

学校に行かない

 不登校ということばを、最近よく見聞きするようになりました。少し前は登校拒否という言い方の方が多かったと思います。前の晩は登校するつもりできちんと用意をするのだけれど、翌日になるとどうしても学校に行けなくて苦しんでいる子どもたちを見て “この子たちは決して学校を拒否しているわけじゃない” と呼び方を変えたのです。でも、不登校というのは登校していない状態を指しているだけで、数が増えるとともにこういうパターン以外のいろいろなケースが含まれるようになりました。
すべての不登校の子どもたちに通用する対応マニュアルというものはありません。でも、子どもたちは不登校という行動を通して何かを訴えているので、それを無視して “とにかく学校に行かせよう” というのは多分うまくいきません。“不登校のとき登校刺激をしない” ということばはだいぶ世間に知れ渡ったようですが、親にとってはいくら頭ではわかっていてもなかなかできることではありません。このままずっと家に閉じこもってしまったらどうしよう、学校にも行けないでこの子どうやって食べていくのだろうなど、心配し始めるときりがありません。でも “今” のことをまず考えることにしましょう。
子どもたちは子どもたちなりに、学校に行く楽しみも見つけていたはずです。教育制度としての学校を否定して不登校をしている子どもでも、文通とかインターネットを使って何らかの繋がりを求めています。ほとんどの子どもは孤立することを望んではいないのです。だから休み始めるまででも、ずい分無理をして学校に行っていたにちがいありません。とにかく、ひと休みすることが必要ではないでしょうか。
少し疲れが取れたころ、いろいろなことを語ってくれるはずです。学校の事ばかりでなく、親への非難も入っているかもしれません。いまさらどうしようもないことや、聞いているのがうんざりするような些細な出来事まで聞かされるかもしれません。親が “とても付き合いきれない!” と思ったら、どこかで相談したりカウンセリングを受けたりするとよいでしょう。
ここからは、ケース・バイ・ケースです。休み始めた理由、その家庭の価値観、学校の対応、その子の気質、いろいろなことが関係してその後の経過が決まってきます。ただ一つだけはっきりしているのは、人生に無駄な時間はないということ。つまり学校を休んで自分を見つめ直すことでその子は確実に成長していくのです。

落ち着きのない子どもたち

 大人から見れば、幼い子どもはちっともじっとしていなくてエネルギーにあふれ、みんな “多動” に見えます。でも小学校に入学するころには、きちんとすわっていなくてはいけない状況を理解するようになり、一定時間すわっていられるのが普通です。今、話題になっている学級崩壊で言われている落ち着きのない子どもの一部は、注意欠陥多動性障害(略してADHD)の子ども・・・。周りの状況を把握するシステムがうまく作動していないのです。
ADHDは注意の障がい、多動性、衝動性の三つが主な症状です。相手の話に注意を集中させて聞くことが難しく、すぐ他のことに気をとられる、すぐに席から立って歩き回る、すわっていても絶えず手足をもぞもぞ動かしている、順番を待つことができずに四六時中周りの人にちょっかいを出すなどがあります。このような症状があれば当然何度も叱られますし、学習も身についていかないので劣等感が強くなります。周りの子どもたちからも馬鹿にされ、いじめられたりして孤立感が深まり、ますます付き合いにくい子になってしまいます。
ADHDの子どもは、ふざけたりやる気がなかったりするのではなくて、周りからの情報をうまく処理して反応することが苦手なので、その部分を少し手助けしてあげることが必要です。例えば先生がクラス全体に話しかけたとき、ADHDの子どもは自分にも話しかけられているとは思っていません。それで、指示されたこととは違うことをやり始めてしまうのです。一言「君もだよ」と付け加えてもらえればやれることも増えてきます。だらだらとした文章で言われるのも苦手です。ポイントとなる単語だけ繰り返したり絵や実物を示してもらったりすると理解し易くなります。
原因として小脳の発育不全が考えられていることもあり、ADHDの治療には薬がよく使われます。小さな子どもに薬を使うことに抵抗を感じる人も多いでしょうが、症状を軽減して学校など集団に適応していくことは心の成長にプラスになる面も多く、うまく活用する方がよいと思います。
ADHDの子どもは、とにかく騒々しくて注意してもちっとも言うことを聞かないと思われがちです。それで、しつけがされていないとか、育て方が悪いとか、親、特に母親が責められてしまうことが多いのですが、本当は誰のせいでもない、ということをわかっていただけたらと思います。

 

子どもたちは、

困った子がではなく、困っている子なのです。

この意識を我々大人(親は勿論、学校の先生方、学園職員・・・)が・・・。

いろいろな手で、いろいろな手法で・・・。

 

治療的な指導支援(目先指導)だけでなく、

予防的指導支援、更には、開発的な指導支援を・・・。

開発的というのは、心を揺さぶり、心づくり・・・。

 

中々難しいですが・・・、この手法が・・・。

学園では、この手法を・・・。

今、ある子どもに対して、この手法で・・・。

勿論、この手法は一人ではできません、組織として・・・。

やはり、我々、大人(親、学校の教員、学園職員)の責務。