今日も非常に暑いにも関わらず、夏バテもなく元気に子どもたちは登校してきました。
絵画教室3日目。地域の公共施設にて・・・。
子どもたちは、キャンパスに・・・、画用紙に・・・成果を。
素晴らしい作品、世界に一つ。
今日、特に感じたことは、
子どもたちは、一枚だけでなく、一枚終わると、もう一枚描きたいと・・・。
更に、もう一枚と・・・。
これって、意欲の表れ・・・。
ここに、子どもは心の葛藤を・・・。
専門の先生、学園職員皆、この気持ちを真摯に受け止め、
「じゃ、頑張ろうね・・・」と笑顔で・・・。
決して、「まだ描くの・・・」「もう終わったよね」などの言葉は一切言いません。
ここですよね。
ここが重要なのです。
子どもが、もっとやりたいという気持ちが芽生えてきたのだから・・・。
これこそ、生きる力の芽生えとも・・・。
また、中学生2人ですが、
一生懸命に描いている最中に、
ある子がちょっかいを・・・、にもかかわらず、
数分間、会話をしてあげている姿(その子の話に合わしての言動)、
心の広さと・・・、器の大きさ・・・、心優しさ・・・、心の中では、葛藤を・・・。
「凄い」の一言に尽きます。
本日で、絵画教室は終わりますが、
子どもたち皆、絵画教室を通して、
何かを感じ、
何かに気づき、
たくさんのことを得、
豊かな人間性のはぐくみとし、
明日からの生活に・・・。
体験って、いいものですね。
この3日間、ご指導をして頂いた、絵画専門の先生、本当にありがとうございました。
子どもたちも皆、感謝の気持ちでいることでしょう。
ある子は、今度、いつ来てくれるのと・・・言っていました。
ある子は、来年も教えに来てくださいと指きりをしていました。
最高に「素敵」な一瞬・・・。
また、子どもたちは、本当によく勉強をします。
本日も、夜勉強もありました。
すべての教室で、明日から「学び」が・・・。
勉強しているといつも出てくる疑問・・・
なんで勉強するの・・・という言葉
一般的に、
それに対して・・・
・今は勉強するのが仕事の学生なんだからがんばりなさい・・・。
・勉強しないと大人になったら大変だよ・・・。
・いいから(約束した)宿題だけでもがんばりなさい・・・。
などなど、困った大人は、こういう答えをしますよね・・・。
勉強すること・・・、確かに楽なことだけではありません。
しかし、もちろん子どもたちが歩いている道も容易なことばかりではありません。
勉強の中でも、いつもいつも大きな心の壁が・・・。
しかし、そんな壁を乗り越えながら・・・ひとつ一つ、問題の解き方を学習していきます。
勉強と生きる道・・・似てませんか。
つまり、何のために勉強するの?の答えは、十人十色・・・
それぞれの目的や理由があるはず・・・。
進路に際した中学生はもちろん・・・
夢をかなえる為!
そう、それぞれの目的や理由は・・・全て夢を叶えるために繋がっているのでは・・・。
ここでも疑問が・・・、
夢なんか・・・、将来のことなんか・・・
こういう言葉が・・・。
子どもは、日々、心の葛藤を・・・。
だから、大人が・・・、責務。
本校は、教育立県彩の国学び舎として、職員皆、
子どもの話を真摯に聞き、受け止め、寄り添い・・・、時には、心を揺さぶり・・・、豊かな人間性のはぐくむように・・・、そして、夢を持てるような「教室」になればと・・・。
ある教室の中学生は、受験生もいるためか・・・・、計画を決めて、生徒それぞれ一生懸命に学習に取り組んでいました。周りへの気遣いの姿が多々見られました。また、ある指導員からの「講話」に対しても真剣に目で聞いていました。心面の成長を感じます。
ある生徒は、今の生活、勉強方法でよいのかと・・・、心の葛藤を。これも大きな成長と考えます。更に、将来についても、以前とは違う考えが・・・、高校選択についても、以前とは違う考えが・・・、家庭での生活についても、以前と違う考えが・・・、友に対しても、以前とは違う考えが・・・、先生(学園職員)に対しても、以前とは違う考えが・・・。これって、自分では気づかない、大きな大きな成長では・・・。日々、心の葛藤をしているのです。心の葛藤 = 人間性の向上・確立
子どもって、毎日毎日、少しずつ、ホンの少しかもしれないが・・・、「成長」という二文字を・・・・。
子どもが「心の葛藤」をしている「今」
我が子への真の愛情・・・
留意してほしいこと:考えてほしいこと
参考になれば幸いです。
過干渉と過保護
大切なわが子のために、
親が子どもに「何かしてあげたい」
「辛い思いをさせたくない」と
思うのは自然なことですよね。
しかし、それが度を超すと“過保護”や“過干渉”になってしまうのです。
「過干渉」は、子供の意見を無視して行動や考えを極端に制限することを指し、「過保護」は、子供の意見を尊重するものの甘やかしすぎる、という明確な違いがあるのです。
別な視点で言うと・・・
「過保護」は、子どもが望んでいることをやってあげすぎること。
「過干渉」は、子どもが望んでもいないことを親が先回りしてやりすぎること。
過保護の意味:過保護な子育てはどんな状態・・・
親が子どもの面倒を必要以上に見ること。子どもが望むことを親が過度に受け入れ、やりたいようにさせてあげたり、子どもが失敗しそうなことは親が前もって手伝ってあげたりします。
ある程度の年齢になれば、身の回りのことは自分でできるようになります。しかし毎朝、子どもの着替えを手伝ってあげたり靴を履かせてあげたりすることなどが該当します。
また、おもちゃ屋などで「買って!」と駄々をこねる子に対し、さほど抵抗を示さず買い与えてしまうのも過保護にあたります。
失敗や挫折といった経験を先回りし回避してあげれば、
親は子どもが悲しむ姿を見ずに済みます。
子どもの望むことをさせてあげれば、
親は常に子どもの笑顔を見ていられます。
そこには「かわいい子どもの要求を拒否して子どもに嫌われたくない、嫌な思いをさせたくない」という気持ちが働いていると考えます。
親が子どもの望みに反する行動をとれば、
子どもは泣いたり怒ったりして抵抗することもあるでしょう。
これはしつけ(家庭教育)をしていれば、日常的に起こる光景です。
一時的な衝突で子どもが親を心から嫌いになってしまうことはありません。
過干渉とは:過干渉は子どもの自立の芽をつぶしてしまう・・・
過干渉とは、過剰干渉のことで、子どもが自分の判断で考えて悩んで行動するところを、親が先回りしすぎることで子どもが自発的に何かをする芽をつぶしてしまうのです。
それでも親が良かれと思ってあれこれと手を出し口を出し続けてしまうと、「過保護にする」とは対照的に、いつまでも親に依存して自立が遅い子どもになってしまいます。
過干渉な親の心の奥に潜むのは、「子どものため」という思い以上に、「親の思い通りに子どもを育てたい」というコントロール願望かもしれません。子どもに対して熱心な人ほど陥りやすく、自分では気づきにくいのです。
子どもの時間割を毎日親が率先して用意する。
子どもの友達を親が選ぶ。
子どもの進路や就職先を親が勝手に決める。
干渉は子育てをしている以上必要なことですが、子どもの自立の芽を摘むようなことになる過干渉には気を付けたいですね。
教育立県彩の国学舎くき学園としては、
何もかも、人が先回りすることなく、失敗もたくさん経験させて、助けを求めてきたときに、手をさっと差し伸べられるような教育を・・・。これって、日々、子どもの言動を見ていなければ・・・、非常に大変ですが、学園職員は、大変と一切言わず、子どもの変容のためと・・・、頑張っています。
保護者の皆様、真の愛情・・・、過保護と過干渉について
考えて頂ければ・・・。
我が子への接し方、かかわり方を・・・。声かけ・・・
是非、是非に・・・
一緒に一緒に頑張っていきましょう・・・。