教育とは・・・、再度、大人が確認を・・・

 子どもたちを見ていると、

 やはり、指導員(学校では教員、家では親)によって、子どもの表情が・・・、子どもの意欲ある姿が・・・。

ここが重要。

子ども自身が、「やる気」を持っての学びを・・・。

大人が、ヤレヤレ・・・、早くやりなさい・・・。

これでは、子どもは絶対に勉強しませんよね。

 特に、勉強しようと思ったときに、

このタイミングに、

大人(親、学校の先生、学園しょくいん)に、言われたら・・・。

子どもは、絶対やる苦を失くし、反発するでしょう・・・。

 

 本日、ある教室にて、指導員が、子どもたちに、上手に声掛けをしていました。

子どもたちは、笑顔で・・・、学びを・・・。

 

 

教育は、教えて育てる言葉とおりである。

大変と思ったら、教育はできません・・・。

教育とは、どんな子(個性を持っている子)に対しても、根気根気、根気強く・・・、小さな日々の成長(成長の場も設定、ちょっとしたつぶやきも見逃さず)を認め、褒め・・・、この継続が・・、大きな変容に・・・。将来、立派な社会人に・・・・。

諦めないことですね。諦めたら、その時点で終わりです。前向きに頑張りましょう。

教員(学校)と親(家庭)が、よい意味(我が子意識を持って、変容を信じ)での「よき連携」があってのことですが・・・・。この連携がなければ・・・・・。信頼関係づくりが・・・・。

子どもが、大きく変容した姿、少しずつ変容していく姿、教師冥利に尽きますよね。親冥利に尽きますよね。

 

教師しか味わえないことです。

親しか味わえないことです。

指導員しか味わえないことです。

また、教育(学校教育)とは、
本質的には、生きていく為に必要最小限の事を教えるところである。
 子どもに対し、より良い変容のために、全力を尽くすのが教育者であり、徐々ではあるが、変容している子に対して、否定的なことを言っていいのだろうか・・・。悪い点だけを指摘することは、教育者として・・・。良いところを見つけ(日々小さなことでも、つぶやきでも・・)、引き出し、磨き、そして認め、褒め、共感しながら・・・、これが教育の原点では・・・・・。

 更に、子どもとのかかわりであるが、本気・本気で子どものこと(子どもの心、心理状態)を考え、変容にさせようと言う気持ちがあってこそ、真のかかわりに・・・・。表面的なかかわりでは、子どもは見抜きます。何かあった時に・・・・・。全身全霊・全知全霊を持って子どもと接し、子どもの心を育て、真の楽しい、明るい生活をさせることが、今、必要な教育(学校教育)では・・・。

 

 手抜き教育、楽をしての教育、守りの教育、

絶対にあってはならないこと・・・。

 

教育立県彩の国学び舎くき学園の職員皆、

子どもに、寄り添って・・・、

一人一人に適切・・・、適格に・・・、指導支援しています。

 

 

以下、教育基本法の目的です。

第1条(教育の目的) 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

本条で規定している「教育の目的」とは何か
  教育は、人を育てることであり、ここで「教育の目的」としては、どのような目標に向かって人を育てるか、どのような人を育てることを到達の目標とすべきかについて規定している。
「人格の完成」: 個人の価値と尊厳との認識に基づき、人間の具えるあらゆる能力を、できる限り、しかも調和的に発展せしめること。
  真、善、美の価値に関する科学的能力、道徳的能力、芸術的能力などの発展完成。人間の諸特性、諸能力をただ自然のままに伸ばすことではなく、普遍的な規準によって、そのあるべき姿にまでもちきたすことでなければならない