本日、ある教室で、
一人の指導員と3人の児童が学び(ここにも真の信頼関係が・・・)を・・・。
そこに、別な指導員が「勉強中、ゴメン」と言いながら、こんなに勉強して・・・。
すると、僕ね、「今日、漢字テスト全部出来たんだよ」と・・・。
ある子は、これ見てみてと・・・、算数のひっ算計算がきちんとできているのです。
もう一人の子も、僕はね、「今、漢字を書いているんだよ」と・・・。
皆、笑顔で・・・。よい学びの雰囲気を子どもたちが創っているように思えます・・・。
もちろん、指導員は、笑顔でした。
ある教室では、ある生徒が、指導員に対し、
「明日テストなの・・・、勉強を」と・・・。
この生徒は、昨日、一昨日、別な生徒の勉強を一緒にやっていて(勿論、自分の試験範囲)・・・、
その子のお母さんから「感謝」の言葉をたくさんいただいていて、
相当嬉しかったのでしょう・・・。
その気持ちが、今日の言葉、行動に・・・。
そして、指導員も即反応して・・・、じゃ、昨日やったところ確認しようねと・・・。
次から次に・・・。
その後、別な生徒(テストを終えた子)が来て・・・、
僕、「一緒にやるよ」と・・・(友との信頼関係)。
指導員は一歩引き、二人で、黒板の問題を・・・、
「これはこうやった方がいいんだよ・・・」「その通り・・・、出来るじゃん・・・」、
こんな会話をしながら、あっという間に1時間・・・。
一人残った生徒は、「もう少し勉強したい」と・・・。
お父さんがお迎えに来たのですが・・・、そのまま、勉強を・・・。
このお父さんも教室に入り、机に座り、一緒に・・・。
この学びの雰囲気、最高、最高・・・、「素敵」でした・・・。
親子とも、笑顔で帰宅していきました。
親子の絆・・・、親子の信頼関係・・・。
ある教室でのこと、ある生徒ですが、先週、指導員から、厳しく叱られたにもかかわらず・・・、この生徒が学園に・・・。この二日間、相当心の葛藤が・・・(ここにも信頼関係が・・・)、そして、友からのいろいろな話(ここにも信頼関係が・・・)があったためか・・・。指導員が叱り・・・、仲間が友として・・・、適切な話(アドバイス)を・・・。
くき学園ならではの・・・、子どもたちの成長的ドラマとでも言うのでしょうか・・・。子どもって、いろいろ経験し・・・、その中で、信頼できる仲間が出来、共に成長の一歩に・・・。
子どもたち、真の「自分づくり」をしているよう・・・。
叱られた子に、明るい兆しが・・・。
真の友っていいものですね・・・。
真の仲間っていいものですね・・・。
「信頼関係」がなければ学ぶ力は絶対に伸びない
大人(親、学校の先生、学園職員・・・)が子どもの勉強を見てあげる際、まず大切となるのが「信頼関係」では・・・。これは教員と子どもの関係にもいえることですよね。信頼関係がなければ、子どもの学ぶ力は絶対に伸びないといっていいのでは・・・。なぜなら、子どもは自分にわからない部分があれば、子どもなりに恥ずかしいと思っているから・・・。
親子、教員と子ども、学園職員と子どものあいだに、信頼関係がなければ、子どもは見栄を張ってわからない部分を素直に伝えようとはしません。あたりまえのことですが、それでは学ぶ力が伸びるわけがない。逆に「何をいっても大丈夫だ・・・」と信頼し、「ここがわからない」「どうしても納得できない」と大人(親、学校の教員、学園職員・・・)に自然体でいえる子どもなら、学力はどんどん・・・。
その信頼関係を築くには、普段から子どもにしっかりと向き合って、解答の正誤は問わず、もちろん叱ったりする(時には叱ってもよいのは当然)ことなどなく、子どもがどのように考えて、解答に至ったのかという「プロセス」をきちんと見てあげるということが大切・・・。傾聴、共感・・・、認め褒め・・・。
「子どものペース」でゆっくり理解させる
勉強にはじっくりと時間をかけて・・・。学習内容をしっかり理解するには、「子どもが自分で気づく」ことが大切なのでは・・・。今の子どもたち皆、個性が・・・。
「30分は何時間でしょうか?」という問題を子どもに出したときの、典型的な誤答は「0.3時間」です。すると、いきなり図解するなどして説明しようとする大人もいますが、それでは、「大人のペース」に子どもを巻き込もうとしているだけです。そうではなくて、順を追って「じゃ、40分は何時間?」「50分は?」「60分は?」と問題を出していくのです。
子どもは「0.4時間」「0.5時間」「0.6時間」と答え、少し考えてから「あれ?」なんていうかもしれません。そこで「どうしたの?」と聞けば、「だって60分で1時間にならないとおかしい」と答えてくれたなら、それは子どもにとって大きな「気づき」になる(この気づきが重要なのです)。そうしてようやく解説してあげればいいのです。子どものための勉強なのですから、「子どものペース」で理解できるように心がけることが・・・。遠まわりのようにみえますが・・・・。
大人のミスをはやし立てる子どものパワーを利用する
子どもの勉強を見る際の「口調」にも気をつけて・・・。子どもの成績を伸ばしたいと思って前のめりになっている大人は、「どうしてこの問題ができないんだろう」と考えて、つい「説明口調」になってしまいます。でも、そもそも子どもは「説明口調」の人間の言葉を聞きたがりませんよね・・・。
では、どんなときなら、大人の言葉は子どもの耳に届くのでしょうか・・・。例えば(私の教員時代の経験、今でも学園いてやっていますが・・・)、子どもたちがいちばん元気になって盛り上がるのは、教員が間違ったとき、つまり、普段は説明口調になりがちな身近な大人が間違ったときです。教員が漢字の書き順を、計算を間違いでもしたら、目ざとく見つけた子どもが指摘して、子どもたちは「先生が間違った・・・」とはやし立てます。このパワーを利用するのです。子ども全員が、黒板に集中・・・。これを生かすことが、学校の教員であり、学園の指導員・・・、更には、家庭での親・・・。
ちょっとした引っ掛け問題といったものに、親がわざと間違ってあげればいい・・・。そうすれば、「お母さん、それちがうよ・・・」なんていって、子どもは得意げに問題の解説をしはじめるでしょう。そして、その「誰かに説明する」という過程で学習内容の理解はさらに進むのです・・・。
子どもは敏感ですから、そのうち親がわざと間違えているということに気づくということもあるかもしれませんが、それでいいのです。「この前やったでしょ・・・」「ちょっと貸してごらん、見ていなさい・・・」なんて厳しい説明口調の親とする勉強と、わざと間違っているとわかっても、「お父さん、わざとでしょ・・・」「大マジです・・・」といったふうに親と会話をしながらする勉強では、どちらが楽しいかなんていうまでもありませんよね・・・。
勉強は机に向かってするという思い込みを捨てる
机に向かって、「いかにも勉強」というスタイルではなく、子どもが遊びのなかで勉強できるように「いろいろな工夫」をしても・・・。たとえば、低学年において、算数の勉強なら、ただ計算ドリルをひたすらこなすというものではなく、サイコロを使ったゲームをするということも・・・。
工夫次第では、足し算や引き算はもちろん、場合分けや確率の勉強をすることも・・・。教科を問わず、そういうふうな遊びを生かした勉強法も良いのでは・・・、学園では、こどもたちの個性を大事にして・・・。
「遊びっぽい学び」であれば、子どもが必死に考えて「ちょっとルールを変えよう」と言ってくることもあるはず・・・。これは、ただ与えられた課題をこなすだけではなく、自分に有利になるように、子どもなりにじっくり考えたことの証に・・・。世の中に出てから活躍することを思えば、そういうふうに状況に応じた判断力や情報を整理して結論を出す力といったもののほうが、ドリルで鍛えられるただの計算力なんかよりよほど重要なのでは・・・。
子どもの学力を伸ばしたいと願うのなら、「勉強とは机に向かってするもの」といった思い込みを捨てて、もっと柔軟に楽しい、工夫ある勉強法を考えてあげるのも「大人の役割」なのでは・・・。
保護者の皆さん、我が子の「目先の学力」も大事ですが・・・、如何に、自分から学ぶ力・・・、学ぶ意欲に目を・・・。子どもって、やる気になれば・・・。上記のこと、参考になれば幸いです。
学びの合理的配慮ですね・・・。
今、やろうと思っていたところに、大人に、言われると・・・、子どもの気持ちは・・・? 保護者の皆さん、考えてみてください。学校の先生方も・・・、学園の職員も・・・。これ、重要です。基本です。
最近流行っている「毀滅の・・・」というマンガがありますが、ここに出てくる言葉を、動きを使って・・・、感化指導と言うのでしょうか・・・。今、ある教室にて、おでこに指を・・・集中、そして、真呼吸なんて・・・。子どもはその気になって・・・。更に、マンガに出てくる「セリフ」を使って・・・、心づくりにも・・・。これにより、学びの意欲の向上にも・・・。