こんな答案がありました・・・
三角形の種類の問題で・・・1つの角度が60度、3つの辺の長さが同じ三角形・・・
ある子は、二等辺三角形を知っていたため・・・
2つの辺が同じことだけに注目し、二等辺三角形と答えました。
さて、ここで「ちがうよ?3辺だよ?」や、「角度みた?」と指摘するのは簡単です。
しかし、これは指導といえるでしょうか?
まずは・・・「よく二等辺三角形にきづいたね・・・でもね・・・」
それから、じっと待ち・・・
「じゃあ、残りの角度は何度だろうか?」
「・・・もしかして・・・、3つとも同じ角度じゃないの?」
「確かめてみようか?」
「ほんとうだぁ~、3つの角度が同じで、3つの辺が同じ長さ・・・」
「これは、正三角形だよ」
「ただしい三角形かぁ~」
朱入れをして・・〇とペケをつけるのは簡単です。
それをどのように気づかせどのように学習させるか・・・?
どのように、知識・理解として消化させるか?
ある子が・・・(学校帰り)挨拶せずに、教室へやってきました
A.気づくまで、挨拶し続ける・・・
B.聞こえなかったふりをして、違う話をする・・・
C.「挨拶もできないのか!」と叱る
・・・どうすべきでしょうか?
色々な手法はあると思いますが・・・
私なら「B.聞こえなかったふりをして、違う話をする・・・」
挨拶よりも学習?許してしまう?めんどくさい?気分を崩して扱いにくくなるのがいや?
もちろん、波風立てずに学習へ向けてやること・・・
これが、ある意味正解なのかもしれません・・・
しかし・・・「何故挨拶をしなかったのか?」考えてあげましたか?
もしかして・・・何か学校であったのかもしれない。
何か悩みがあって・・・胸を痛めているのかもしれない。
この些細なきっかけで・・・子ども達の心をくじいてしまうかもしれない。
波風立てずに、学習へ向けたところで・・・学習の環境としてどうでしょうか?
学習というのは、その受け皿があって知識・理解として吸収されるのでしょうか?
学習は信頼と安心できる環境・・・そして、何よりもそれを受け止める心です。
その心が、学習を受け入れようと・・・吸い込もうと・・・しているからこそ(意欲)
学習が、知識・理解となって吸収されるのです。
だから、どんなときも・・・すぐに「〇」「×」をつけたところで、
〇・・・こういうのは得意
×・・・こういうのは、解きづらい
ということしか、残らないのです。
そして、テストでも・・・点数しか心に残らず・・・どうしてペケがついたのか?
どうすれば、次に〇になるのか?
また、テストにおいて・・・自分はどのような取り組みをしなければならないのか?
これが、心に残ってこそのテスト(試す。検査。)なのです。
このニュースで、よく話題にいたしますが・・・
だからこそ、「やれ!」「しなさい!」ではなく・・・
愛情をもって・・・向けてやる(気づかせる)のです。
ご家庭におかれましても・・・失敗を間違えとするのではなく・・・
失敗は成功の・・・もと・・・。
天才は99パーセントの努力と1パーセントの才能・・・。
ピンチをチャンスに・・・。
1つの間違えから・・・100の学びへ
結び付けていってはいかがでしょうか?