学校は、教育する場であることは言うまでもないですが・・・・。
本日、ある小学校の校長先生は、登校しぶり(不登校児童)の児童が教室に入れず、寂しそうに一人、廊下にいたため、校長先生自ら、声をかけ、校長室にて・・・・。その児童は、このことが相当嬉しかったのでしょう。学園に来て、指導員に、今日ね、校長先生といろいろなお話をしたんだよと、満面な笑顔で言うのです。僕、学校行こうかなとも、ちっちゃな声でつぶやいていました。学園では、心の居場所なのでしょうか・・・、学園の仲間と一緒に学習を・・・・。本当に立派な校長先生ですね。ある指導員は、校長先生に連絡(情報提供)をし、今後、その児童が明るく前向きに生活できるようにと・・・・。
これこそ、児童福祉法にある「学校とのよき連携」であるとあらためて感じたところです。改めて、児童のこと(個性を持っている子でも)を本気で考えている本当によい校長先生と強く強く思いました。我々くき学園も、この校長先生の気持ちに報いるよう、全身全霊、全知全霊を持って、学校補完をと改めて決意を・・。
学校の長たる者、子どものため、子どもの成長の為、子どもの変容のために・・・、器を大きくし、保護者と心ひとつにし、不安など与えず、よき連携をしてこそと・・。本日、改めて思いました。
教育とは何かを、改めて確認をしたところです。
保護者の皆さまも、学校の先生も、再確認していただければ・・・。
| 教育は、人を育てることであり、ここで「教育の目的」としては、どのような目標に向かって人を育てるか、どのような人を育てることを到達の目標とすべきかについて規定している。 |
| 「人格の完成」: 個人の価値と尊厳との認識に基づき、人間の具えるあらゆる能力を、できる限り、しかも調和的に発展せしめること(「教育基本法制定の要旨」)。 真、善、美の価値に関する科学的能力、道徳的能力、芸術的能力などの発展完成。人間の諸特性、諸能力をただ自然のままに伸ばすことではなく、普遍的な規準によって、そのあるべき姿にまでもちきたすことでなければならない |
| 教育基本法に於きまして、先づ人間は人間たるの資格に於て品位を備へて居るものでありまして、何等他のものと替へらるべきものでないと云ふ意味に於て、其の前文に於きまして、「個人の尊重を重んじ、」と謳つて居るのであります。次に人間の中には無限に発達する可能性が潜んで居ると云ふ考を基礎と致しまして、教育は此の資質を啓発し培養しなければならないのでありまして、之をば第一条に「個人の価値をたつとび、」と申して居るのであります。
この答弁でも、わかるように、個人の尊重・・・・、 無限の発達する可能性が潜んで入る・・・・・、 子どもの資質を啓発して培養しなければ・・・・、 教育は、子どもの人間形成・・・・、人格の完成・・・・。 |
| 教育の基礎として如何なる人間観に拠っているのか。 |
教育の目的とは、本来、人間力を付けるためでは・・・・・・。
ある人間を望ましい姿に変化させるために、身心両面にわたって、意図的、計画的に働きかけること。知識の啓発、技能の教授、人間性の涵養 (かんよう) などを図り、その人のもつ能力を伸ばそうと試みること。
道徳って、いいものですね・・・。
ある学校での授業参観、道徳の授業を多くの先生が・・・、全員の先生が・・。
本当に素晴らしいことと考えます。道徳の授業こそ、心づくりの基礎であるのです。でも、年間35回授業をやっている先生、どのくらいいるのでしょう・・・・。また、教材研究、どれくらい時間をかけているのでしょう・・・・。
こんな教育界にて、この小学校のある先生は、道徳は、毎週必ず行っています。更に、研究熱心で、いろいろな資料を・・・・。児童の実態把握も・・・・。本当に素晴らしい先生と考えます。トコトン応援したくなってしまいます。
クラスの子どもたち、心が・・・、豊かな人間性を育んでいるようです。
今、あることを思い出しました。昔のことですが、ある中学校でのことです。ある生徒が非常に悪いこと(絶対あってはいけないこと)をして、学年の仲間に迷惑をかけてしまったのです。
その件で、その生徒の担任は、学年集会にて、生徒みんなに、謝罪をしたのです。それも、ステージ上で、土下座をし、皆さんに大変ご迷惑をかけましたと。許されることではないですが、全て、担任の私の責任ですと・・・・・。
生徒たちは、先生、先生、もう気にしないで下さいと、笑顔で言ってくれたのです。
この集会にいた「悪さをしてしまった生徒」が、自ら、生徒の前に出てきて、○○先生が悪いのではないんです。僕がいけなかったのですと・・・・。
悪さをした生徒は、担任の先生の言動を見て、自分の悪さに、自ら気づき、感じ、反省し・・・・・。
この姿を目の前にした学年の生徒皆、「気にすんなよ」と・・・・多くの声が・・。これこそ、「真の教育」だと、「真の学校だ、学校のあるべき姿」と思ったことを思い出しました。
このドラマが生んだもの・・・
それは、生徒の心に残り続ける・・・生き続ける・・・豊かな人間性です。
教員が、「あってはいけないこと」を注意し、叱るだけでは・・・・。これは、「表面的に知る」「その場限りの指導」に過ぎません。しかし、ある生徒が「自ら、気づき、考え、行動したこと」に対して、仲間の生徒たちも気づき、考え、心から「気にすんなよ」と声を掛けた。
これは、生徒たちの大切な1ページとして、心に残り続けることでしょう。
また、その後の歩みにも大切な力となり、
義務教育終了時には、
生徒皆、真の進路決定に繋がり、満面な笑顔の卒業式に・・・・。
教育に携わる者として、その1ページ1ページを大切に記していかなくてはと・・・。改めて感じました。
悪さをしてしまったとしても・・・。良い方向へ導いてあげることこそ、教員の使命であると改めて感じました。