教育は、教えて育てる言葉とおりである。大変と思ったら、教育はできません・・・。
教育とは、どんな子(個性を持っている子)に対しても、根気根気、根気強く・・・、小さな日々の成長(成長の場も設定、ちょっとしたつぶやきも見逃さず)を認め、褒め・・・、この継続が・・、大きな変容に・・・。将来、立派な社会人に・・・・。
諦めないことですね。諦めたら、その時点で終わりです。前向きに頑張りましょう。
教員(学校)と親(家庭)が、よい意味(我が子意識を持って、変容を信じ)での「よき連携」があってのことですが・・・・。この連携がなければ・・・・・。信頼関係づくりが・・・・。
子どもが、大きく変容した姿、少しずつ変容していく姿、教師冥利に尽きますよね。親冥利に尽きますよね。
教師しか味わえないことです。親しか味わえないことです。
また、教育(学校教育)とは、本質的には、生きていく為に必要最小限の事を教えるところである。
子どもに対し、より良い変容のために、全力を尽くすのが教育者であり、徐々ではあるが、変容している子に対して、否定的なことを言っていいのだろうか・・・。悪い点だけを指摘することは、教育者として・・・。良いところを見つけ(日々小さなことでも、つぶやきでも・・)、引き出し、磨き、そして認め、褒め、共感しながら・・・、これが教育の原点では・・・・・。
更に、子どもとのかかわりであるが、本気・本気で子どものこと(子どもの心、心理状態)を考え、変容にさせようと言う気持ちがあってこそ、真のかかわりに・・・・。表面的なかかわりでは、子どもは見抜きます。何かあった時に・・・・・。全身全霊・全知全霊を持って子どもと接し、子どもの心を育て、真の楽しい、明るい生活をさせることが、今、必要な教育(学校教育)では・・・・。
手抜き教育、楽をしての教育、守りの教育、絶対にあってはならないこと・・・・。
以下、教育基本法の目的です。
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